“魔の背番号”を背負う中日・谷哲也
持ち前の堅守で1軍定着なるか

めまぐるしい中日の三塁手争い

入団から6年間は「36」を背負っていた谷。13年からは「70」を背負う
入団から6年間は「36」を背負っていた谷。13年からは「70」を背負う【写真は共同】

 今季の中日は、開幕から三塁手のスターティングメンバーが目まぐるしく入れ替わっている。ルナの広島移籍に伴って空いた穴。開幕時は将来の主軸として期待され続けていた高卒5年目の高橋周平が好調を維持し、打撃開眼とも言える活躍をみせて正三塁手の座をつかんだかに思えたが、4月30日の広島戦で右手有鉤骨を骨折し戦線離脱。代役は実績のあるベテラン・森野将彦で落ち着くかと思われたが、打撃が奮わずに2軍降格となったことで正三塁手争いはさらに混迷する。


 6月14日時点で、三塁手としてスタメン出場した選手は、高橋、森野も含めて計7人、エルナンデスや亀澤恭平、福田永将、2年目の石川駿といった面々に加え、背番号70の谷哲也も加わっている。一塁手で1試合、二塁手での5試合とともに、三塁手としては高橋の28試合に次ぐ10試合にスタメン出場。5月3日の阪神戦(ナゴヤドーム)では、藤浪晋太郎から勝ち越しタイムリーを放つと、同21日の巨人戦(ナゴヤドーム)でも逆転の押し出し四球を選んで勝利に貢献。鳴門工業高校、日立製作所からドラフト3巡目で入団した9年目のユーティリティープレーヤーが、必死のアピールを見せた。

続々と戦力外になる番号

 谷哲也、背番号70。この70番が、中日球団にとっては“魔の背番号”であることは選手、関係者、ファンの間では広く知られている。その理由は至って簡単。2006年の鳥谷部健一から始まり、翌07年の三澤興一、さらに09年の中里篤史、10年の佐藤充と、背番号70を与えられた選手が、次々とシーズンオフに戦力外を言い渡されたことに所以する(08年は70不在)。

 

 この“魔の背番号”説は、現ゼネラルマネージャー(GM)の落合博満氏が監督として指揮を執っていた時期に生まれた。落合前監督の背番号へのこだわりは強い。就任当時、「7」をつけていた谷繁元信の背番号を、巨人・森昌彦(のちに祇晶)、西武・伊東勤、ヤクルト・古田敦也といった歴代の名捕手が背負った「27」へと変更させるなど、背番号との関連性を重要視していた。球団が支配下選手登録できる選手の上限が70人ということもあり、「背番号70」を付けた選手は「戦力外の一歩手前」との認識は確定的なものとなった。

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