野口みずき、栄光と挫折の競技生活を語る第二の人生へ「指導者は無理だな(笑)」

折山淑美

苦闘する野口を支えた恩師の言葉

――その後はケガで苦しむ時期が続きましたが、辞めようとは思わなかったのですか?

 まったく思わなかったといえばうそになるけど、やっぱりやりたいというか、「次だったら大丈夫」という気持ちはありました。でも2年間苦しみ続けた時は初めて、廣瀬(永和)監督に「辞めたい」と口に出して言ったけど、監督からは「お前が辞めるなら俺も辞めるから」と言われたので……。

苦しむ野口を支え続けた廣瀬監督(左)。名古屋ウィメンズではゴールした野口を真っ先に出迎えた 【写真は共同】

――引退会見では2年前から心と体のバランスが悪くなったと話していましたね。

 自分では今でも、体がペースや走り方、追い込んだ時の体の状態を覚えていて。だから「これだけは今やっておきたい」というのが頭の中にはあるけど、それに体がついてこなくなりました。追い込む練習ができなくなった時は本当にきつかったですね。でもそんなときに廣瀬監督が「会社からクビと言われても、俺は土下座をしてでも最後まで見届ける」と言ってくれたので「今辞めたらダメだ」と思って。だから心と体のバランスが合わなくなっても、この2年間のほうが辞めないという気持ちはそれまで以上に強かったですね。ただ、休養も必要だとは思っても「休んでしまったら自分の走りが戻らないのでは?」という不安や葛藤もあって……。本当にもう、焦りや不安が入り交じっていました。

――本当に戦いたかったんですね。

 そうなんです。やっぱり走ることが好きでというより、戦う場所を求めていたというか。だから練習でもジョグは好きではなく、400メートルのインターバルとか20キロや30キロのペース走など、目標がある練習の方が達成感も違うので好きでした。本当に練習からもうすべてを注ぎ込んで走っていましたね(笑)。

「若いうちにどんどん世界に挑戦を」

全力を注いで競技生活を駆け抜けた野口。マラソンに懸ける強い思いは、背中を追う後輩たちに受け継がれていく 【写真は共同】

――そんな競技生活を終えて、後輩たちに伝えたいと思っていることは何ですか?

 ナショナルチームの選手たちなどは意識も高いと思うけど、ちょっと世界との壁を作って一歩引いてしまっている選手が多いなとはすごく思うし、故障のリスクを考えてしまって思い切り練習をできなかったり、気持ちを入れられていないかなというのを何度か感じたことがあります。

 でも本当に挑戦するというのは今しかできないことだし、あっという間に年齢との戦いが苦しくなる時期も来るので、若いうちに強い気持ちでどんどん世界に挑戦していってほしいですね。そういう気持ちを走りに表わしていかなければ絶対に自分が追い求めるものは達成できない。私の最後のマラソンは2時間33分54秒のワースト記録で終わったけど、どの時でも自分の力を全て注ぎ込んで競技生活を過ごしてきたと思うので。そういう気持ちで、何でも挑戦してほしいですね。

――今後はどういう形で陸上に関わっていく予定ですか?

 まだ体を休めている時期なのでメインで陸上には携われないと思うし、自己分析をして「指導者は無理だな」と思っています(笑)。だから今までのように大会のゲストランナーで市民ランナーの方と一緒に走ったり、陸上教室のような形で走り方を教えることをしていこうと思っています。

 ただ、後輩の選手たちには2年間だけだったけど、自分が元気な時にナショナルチームで一緒に走って少しは背中を見せられたと思うし、みんなも何かを感じてくれたと思います。競技を辞めた後で何かを言ってもなかなか伝わらないと思うから、私と走って何かを感じた選手たちが、これから他の選手たちに感じた何かを伝えて、それをタスキのようにつないでいってほしいと思いますね。そうなれば本当にありがたいと思います。

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著者プロフィール

1953年1月26日長野県生まれ。神奈川大学工学部卒業後、『週刊プレイボーイ』『月刊プレイボーイ』『Number』『Sportiva』ほかで活躍中の「アマチュアスポーツ」専門ライター。著書『誰よりも遠くへ―原田雅彦と男達の熱き闘い―』(集英社)『高橋尚子 金メダルへの絆』(構成/日本文芸社)『船木和喜をK点まで運んだ3つの風』(学習研究社)『眠らないウサギ―井上康生の柔道一直線!』(創美社)『末続慎吾×高野進--栄光への助走 日本人でも世界と戦える! 』(集英社)『泳げ!北島ッ 金メダルまでの軌跡』(太田出版)ほか多数。

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