田口良一、意地を見せた元王者を破りV3 次戦は“ギリギリの勝負”求め日本人と

船橋真二郎

衰えがあっても意地を見せたランダエタ

37歳という年齢で衰えを見せながらも、5度のダウンに立ち上がったのは元王者の意地でもあった 【赤坂直人】

 今回のランダエタ戦。周囲には「勝って当たり前の雰囲気」が決定直後からはっきりとあり、試合後の会見が終わり、報道陣がいなくなったあとで田口は「変なプレッシャーはあった」と本音をもらした。今まで1度しかダウン経験がなかった相手から5度のダウンを奪った、キャリア初のストップ勝ちで引導を渡したといっても「正直、自信にはならない」と胸中は複雑だった。

 対戦相手のランダエタが世界初挑戦の亀田興毅と世界王座を争い、亀田勝利の判定が物議を醸したのは2006年8月のこと。この一件で日本でも名前が知られたが、10年1月の試合を最後にリングから遠ざかり、母国ベネズエラで少年野球のコーチやプロボクシングのレフェリー、ジャッジを務めていたという。

 5年ぶりに母国のリングで復帰したのは一昨年12月。新天地を日本に求めた昨年6月には、過去最重量のバンタム級でフィリピン出身のマーク・ジョン・ヤップ(六島)に初のダウンを奪われた末に判定負け。同年9月には、4度の世界挑戦歴があるワルテル・テジョ(パナマ)に9ラウンドTKO勝ちで世界ランクに返り咲いたが、衰えは顕著で見るべきものはなかった。

 昨年来、ランダエタをサポートしてきた金沢のカシミジム・樫見直幸会長は17連続KO防衛の世界記録を持つウィルフレド・ゴメス、3階級制覇の早熟の天才ウィルフレド・ベニテス、パナマの英雄ロベルト・デュランのライバルだったエステバン・デ・ヘスス(いずれもプエルトリコ)といった、オールドファンには懐かしい往年の名王者をはじめ、世界王者を数多く手掛けたというフェリックス・ピントールトレーナーをつけ、田口戦に備えた。

 久しぶりの世界戦の好機にランダエタも「人生でいちばんの試合を見せる」と意欲にあふれ、22日の公開練習では思いのほか軽快な動きを披露。本番のリングでも決して悪くない動きで老かいなリングさばきを見せた。ダウンから5度まで立ち上がったのは元王者としての意地だったかもしれない。

 失うものがないランダエタに対し、田口は「倒さなければならない」と肩に力が入ったとしても無理はない。
「(観ている人が)どちらが勝つか分からないギリギリの勝負」を求める田口の次戦の相手には渡辺均・ワタナベジム会長が日本人選手との対戦を示唆しており、前WBOミニマム級王者で5月28日に世界ランカーとのライト・フライ級転向初戦を迎える田中恒成(畑中)、14日に初回KOで日本タイトルの初防衛に成功した拳四朗(BMB)が田口への挑戦希望を表明。渡辺会長は元WBAミニマム級王者で2位にランクされる宮崎亮(井岡)の名前を挙げたこともある。

 交渉次第では、田中とは名古屋、宮崎とは大阪での対戦の可能性もあるが、田口は「強い選手を相手に勝ち上がってこそだし、アウェイで勝つことで評価も上がると思うので問題はない」と、どこでも誰とでもの姿勢を強調する。

内山の敗戦には「信じられない」と絶句

 それから約1時間後、まさかの出来事が起こった。V11の絶対王者、内山高志(ワタナベ)の王座陥落である。デビュー当初から可愛がられ、「気持ちが強いし、根性がある」と認めてくれた偉大な先輩の敗戦に「信じられない」と田口も絶句していた。

 思い出すのは今から9年前、ワタナベジムで東洋太平洋王者になったばかりの内山を取材していた時のこと。「高校時代はめちゃくちゃ細かったですよ。ちょうどあれくらい」と内山が指差した先にいたのが、当時20歳で新人王戦を戦っていた頃の田口だった。キャップをはすにかぶり、リュックを背負い、練習場の入口から顔を覗かせていた細身の若者はペコリと頭を下げた。

 少年の面影を残した若者はその後、腰に発症したヘルニアを押して、トーナメントを勝ち抜き、全日本新人王に輝いた。特に印象に残っているのが10年10月の日本ランカー対決。一進一退の激闘を制し、内に棲む負けん気の強さが露わにされた一戦である。日本王者時代の初防衛戦では、井上尚弥(大橋)に真っ向勝負を挑んでの判定負け、世界ランカーとの世界前哨戦では、痛烈なダウンを挽回して逆転勝ちを収めている。

 そんな数々の骨太の経験を経て、田口は文字通り心身ともたくましくなった。この日から新調されたTシャツにプリントされた“QUANTUM LEAP(飛躍的な進化)”というほどではなくても、テクニックもパンチ力も少しずつ成長してきている。

 これまでの世界戦は、すべて内山のアンダーカードの位置づけだった。次戦からは、精神的支柱を失った状態でリングに上がることになるが、それが熱望する「強い相手とのギリギリの勝負」なら田口にとっても望むところだろう。渡辺会長には、まだまだ世界戦のリングで発揮されていない、このボクサーの魅力を引き出すマッチメークを期待したい。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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