羽生結弦が抱く仙台への特別な思い 「信じること」の大切さを実感した5年

スポーツナビ

「僕たちができることはまだある」

エキシビションでは被災地にささげるプログラムを演じている 【坂本清】

 2012−13シーズン以降、羽生はエキシビションで『花になれ』『花は咲く』『天と地のレクイエム』といった被災地にささげるプログラムを演じている。そこにあるのは復興への願いだ。競技とは違い、エキシビションでならば自分の感情をより自由に表現することができる。「被災地のために何もできていない」という思いもあったが、その一方でスケーターとして自身ができることをやっていこうと考えた。それが羽生結弦の演技を見てもらうことなのだという。

「これが今の自分にできる精いっぱいのこと。自分の滑りをお客様に見てもらい、自分の思いを無理やり押しつけるのではなく、そこから何かを感じ取っていただき、それを少しでも大切に思っていただければと考えています」

 羽生自身、震災後にアイスショーで各地を回ったとき、観客の声援により逆に勇気づけられた。その中で実感したのが「信じること」の大切さだった。被災者にこんなメッセージを送っている。

「信じられるものがなくなりつつある。今の日本には、ひょっとしたらそんな雰囲気もあるかもしれません。でもやっぱり1人ひとりの持っている力を『信じること』そのものが大きな力になるし、そう思いたい」

 アイスショーで神戸のリンクに立ったとき、多くの観客で埋め尽くされた観客席やきらびやかな照明を見て、希望が湧いた。「(かつて阪神大震災で被害を受けた)この神戸のように仙台も再び明るい街に戻れるかもしれない」。そう信じ続け、現在に至っている。

「復興へ1歩1歩進んでいるところもあれば、足踏みをしているところもあります。僕たちができることはまだあると思います」

仙台、そして日本人としての思い

今季は前人未到の300点超えを果たすなど、さらなる進化を遂げている。世界選手権に向けても新たな挑戦を示唆した 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 カナダに拠点を置く羽生には、大事にしているものがある。それは「日本人らしさ」。遠く離れた地にいるからこそ、母国文化の素晴らしさを痛切に感じることがあるようだ。五輪で金メダルを取った翌日、こんなことを言っていた。

「敬語、丁寧語、謙譲語といった言葉に表れているように、尊敬する心、目上の方に対して自分を下げて話したり、そういう日本的な文化を忘れないようにしたいです。日本国民として胸を張っていたいし、それと同時に仙台出身の人間として五輪で金メダルを取ったので、それをきっかけじゃないですけど、復興に対して何か皆さんが踏み出していただけたらうれしいですね」

 5年前のあの日、羽生は現在の姿を想像することはできなかったはずだ。凍えるような寒さを避難所でしのぎながら、絶望的な思いを抱いていたことだろう。そこから、五輪、世界選手権、グランプリファイナルとあらゆるタイトルを獲得できるまでに成長できたのは、元来の精神的な強さ、周囲のサポート、そして傷ついた故郷への思いがあったからに他ならない。今季は前人未到の300点超えを達成し、フィギュアスケート界に新たな歴史を刻んだ。

 3月末には世界選手権に出場する。昨年は2位に甘んじたため、王座奪還に懸ける思いは強い。年末の全日本選手権後には新たな挑戦も示唆した。

「自分がもっと評価できるジャンプや表現、またどんな背景を持っている人にも、自分の演技を同じ形じゃなくてもいいから届けられる、そういった1つ1つの所作を含めて練習していきたいと思っています。技術に関しては4回転の種類をもっと増やすべきだと思っているので、そこも頑張っていきたいと思っています」

 4回転についての言及と同時に、「どんな背景を持っている人にも自分の演技を届けられるように」という言葉がいかにも羽生らしい。こうした人々の背景にまで考えが及ぶのも、自身が壮絶な経験をしたからこそなのだろう。仙台、被災地、そして日本人としての思いを胸に、羽生は今も戦い続けている。

(文:大橋護良/スポーツナビ)

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