赤信号を渡る国で自己責任について考える スペイン暮らし、日本人指導者の独り言(3)

木村浩嗣

未成年者保護をうたうFIFAの規定

FIFAが未成年者の国際移籍を禁止する規定を設けているのは、彼らの保護のためである 【写真:アフロスポーツ】

 少年サッカーに関するルール違反といえば、今月はレアル・マドリーとアトレティコ・マドリーへの制裁措置が大きなニュースになった。両クラブは未成年者の国際移籍を禁止する規定に違反したとして、FIFA(国際サッカー連盟)から今夏と来年の冬の移籍市場での補強禁止処分を受けたのだ。2年前にバルセロナが受けた制裁とほぼ同じ理由、同じ内容だ。

 日本人少年がバルセロナでプレーするという夢を奪う規定をFIFAが設けているのは、未成年者の保護のためである。生まれた国や親元から引き離すような人身売買まがいの取引(移籍)に子供を巻き込むべきではない、というわけだ。しかし、バルセロナにしてもレアル・マドリーにしてもアトレティコ・マドリーにしても、下部組織の子供たちはおそらく自国以上の教育環境と住環境の中で超一流のコーチからサッカーを学んでいるのである。未成年保護の名目で、そんな子供たちをより劣悪な環境が待っているかもしれない自国に送り返すのはおかしくないか、という声が出て来て当然だろう。

 バルセロナもレアル・マドリーも未成年を保護こそすれ、保護しないなんて事実はない、と反論している。未成年保護を目的とする国際移籍の禁止規定のせいで、逆に、未成年が不利益をこうむる事態となっているなら、それは規定の方が間違っているのではないか、と。

 さっきの赤信号の例で言うと、信号を守れというルールは歩行者保護が目的だから、歩行者に危険のない状態では無効、つまり赤信号でも渡っていい、という理屈だし、もう一つ例を挙げるなら、過度の残業から労働者を守るためのルール、一定時間以上の残業代は払わないという規定が、タダ残業を強いるための口実となっているとしたら、やはりそれはおかしなことだ。

子供たちは退団すればクラブの保護を失う

 こうした言い分には、うなずく人が多いのではないか。ある目的のために作られたルールが、逆にその目的達成を阻害しているという状態は矛盾でしかない。だが、この場合は“ルールはルールだから”という解釈の方が、私は正しいと思う。レアル・マドリーもアトレティコ・マドリーも規定違反の事実があるならば、バルセロナ同様、制裁を甘んじて受けるべきだ。なぜなら、子供たちがレアル・マドリーやアトレティコ・マドリーの手厚い保護下にいるうちはいいが、退団すればその保護を失うからだ。

 私が所属しているような町のクラブからプロの予備軍まで、次のシーズンまで残れるのは全体の8割ほどで、毎年2割の子供は入れ替わるのが普通。その2割の中に遠く海を渡って来た外国人が含まれていたらどうなるのか? 言葉もおぼつかず文化も違い、親戚やチームメート以外に友だちもいない異国に突然取り残される子供の面倒は誰が見るのだろう?

 入団4、5年後に退団したとして、帰国すればカルチャーギャップに苦しむだろう彼らの将来の責任は誰が取るのだろう? 夢を見た本人の自己責任? 子供に責任能力があるわけがない(だからこそ、未成年なのだ)。両親の責任は免れない。だが、クラブだってその一端を負うべきだ。ルールはルールだから守らなくてはいけない場合がある。退団後の未成年をも保護するために、FIFAの国際移籍禁止規定は尊重されるべきなのだ。

 自分のチームのことを書くスペースがなくなった。昨年から4連勝中、通算6勝3敗で2位に浮上した。負け犬根性から脱した子供たちは、すっかり勝者の顔になってきた。が、我の強さでは子供の比ではない一部の親たちが、ルールを無視するかのごとくヒエラルキーの差を軽々と乗り越えて、監督の仕事に口を出してきた。来月は、スペイン少年サッカーの最大の障害(失礼!)、親たちについて報告したい。

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著者プロフィール

元『月刊フットボリスタ』編集長。スペイン・セビージャ在住。1994年に渡西、2006年までサラマンカに滞在。98、99年スペインサッカー連盟公認監督ライセンス(レベル1、2)を取得し8シーズン少年チームを指導。06年8月に帰国し、海外サッカー週刊誌(当時)『footballista』編集長に就任。08年12月に再びスペインへ渡り2015年7月まで“海外在住編集長&特派員”となる。現在はフリー。セビージャ市内のサッカースクールで指導中。著書に17年2月発売の最新刊『footballista主義2』の他、『footballista主義』、訳書に『ラ・ロハ スペイン代表の秘密』『モウリーニョ vs レアル・マドリー「三年戦争」』『サッカー代理人ジョルジュ・メンデス』『シメオネ超効果』『グアルディオラ総論』(いずれもソル・メディア)がある

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