ベンチに入ると人が変わる!? スペイン暮らし、日本人指導者の独り言(1)

木村浩嗣

アグレッシブさを目標にしたところ……

アグレッシブにいくための練習メニュー。3つの1対1から構成される 【木村浩嗣】

 ハンドルを握ると人が変わる、という人がいるが、私の場合はベンチに入ると人が変わる、だ。具体的には、子供たちにサッカーを指導する中で「アグレッシブ」になり、同時に「臆病」に、また「ずる賢く」もなる。

 試合中のベンチでは、大声で叫びっぱなし、怒鳴りっぱなしだ。「足を入れろ!」「体をぶつけろ!」「押せ!」「当たれ!」「競れ!」とか。これだけ聞いていたらまるで格闘技のようだが、実際、サッカーはフィジカルコンタクトを恐れていては試合にならない、という意味では格闘技である。選手たちにもアグレッシブになることを要求し、戦えない子はプレーをさせない。

 11月13日のこと、あまりにも情けない試合(2−5で敗北)をした後、スタッフとミーティングをし、今週はアグレッシブさを引き出すことを目標にした。すべてのエクササイズを1対1の勝負形式とし、負けた者には腕立て伏せをさせる。3日間の練習のうち、1日を年上のチームとの試合に充て、当たりにいかず足を入れない者はただちにベンチ行きとする。ウォーミングアップで子供たちが嫌がるランニングをあえてさせ、こちらの怒りを伝える……などなど。

 スペインの子供たちは純粋で信じ込みやすいので、成果はわれわれの予想以上に早く出た。翌週20日の試合では、ゴールの多い少年サッカーではきわめて珍しい1−0での勝利。体格で勝る相手と互角に渡り合い、アグレッシブさの証明であるファウル数はこっちの方が多かった。ただ、一瞬たりとも気が抜けず叫び続けたので、試合終了後は私の方がぐったりしてしまったが……。

自分たちの勝利後(1−0)に観戦した、昨季教えたチームの試合風景。4−1で快勝した 【木村浩嗣】

ムードに左右されやすいスペインの子たち

 この試合のように瞬間、瞬間に100パーセント集中していると、面白いことが起こる。終了のホイッスルが鳴ると、試合内容をほとんど覚えていないのだ。出来事の順番があやふやになっていることも多い。パソコンに例えると、CPU(プロセッサー)がフル回転しRAM(コンピュータのメモリ装置)を総動員しているが、ハードディスクには何も蓄積されていない状態だ。

 もちろん、叱咤(しった)激励するだけではなく戦術的な指示も出す。ポジショニングの修正、マークの確認、「ロングボールが来るぞ」といった次のプレーの予測など、グラウンド上のすべてのディテールに気を配り見逃さない。良いプレーを褒め、悪いプレー(技術のミスではなく集中力に欠けたプレー)には雷を落とす。スペインの子たちは純粋だと言ったが、それはムードに左右されやすいという意味でもある。こちらが気を抜くとすぐに油断するから、ピリピリした緊張感を放ち続ける。

 子供にそんなに精神的なプレッシャーを与えて大丈夫か、と日本人なら心配するところだろうが、奴らはタフである。おそらく、頭の中では私の怒鳴り声も“話半分”くらいに響いているのに違いない。聞こえないふりをして平然と無視をしたりするのだ。ただ、この“生意気さ”こそ、スペイン人の独創性やイマジネーションの原点である。

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著者プロフィール

元『月刊フットボリスタ』編集長。スペイン・セビージャ在住。1994年に渡西、2006年までサラマンカに滞在。98、99年スペインサッカー連盟公認監督ライセンス(レベル1、2)を取得し8シーズン少年チームを指導。06年8月に帰国し、海外サッカー週刊誌(当時)『footballista』編集長に就任。08年12月に再びスペインへ渡り2015年7月まで“海外在住編集長&特派員”となる。現在はフリー。セビージャ市内のサッカースクールで指導中。著書に17年2月発売の最新刊『footballista主義2』の他、『footballista主義』、訳書に『ラ・ロハ スペイン代表の秘密』『モウリーニョ vs レアル・マドリー「三年戦争」』『サッカー代理人ジョルジュ・メンデス』『シメオネ超効果』『グアルディオラ総論』(いずれもソル・メディア)がある

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