偶然は1つもない佐藤寿人の「157得点」 J1最多得点記録に並ぶまでの16シーズン
最大の武器は“考える力=思考力”
駆け引きの末に生まれる寿人のゴールは確固たるロジックに支えられている 【写真:アフロ】
「小学生はずっと(寿人を)見ていた方がいい。DFを出し抜こうという動き、駆け引きがすごいから、それを見るだけで勉強になる」
中村憲剛(川崎)は、寿人のすごみをこんな言葉で表現する。
「新潟時代、寿人さんとは本当にやりたくなかった。ケネディ(名古屋/当時)よりもイヤでしたね。常にこっちの裏を突いてくるし、イヤな場所に入ってくるから。練習でも寿人さんを相手にしていると、本当に疲れるんです」
これは、現チームメートの千葉和彦の証言だ。
寿人のゴールは感覚の結果ではない。駆け引きを弄(ろう)し、DFの裏を突いて、必然的にゴールを陥れる。そのベースにあるのは確固たるロジックであって、彼の157得点中、偶然のゴールは1つもない。基本にあるのは、寿人の頭脳だ。
「僕は自分の全てのゴールを、自分の言葉で説明できる。なぜ決定機をゴールできなかったかという理由も、整理して理解している」
昨年、ある雑誌の取材で寿人にJリーグのベストゴール候補について説明してもらった時、彼はその全てのゴールについて「初見ではない」と語った。既に何度もその得点シーンを見て自分なりに分析を済ませていたのだ。自分だけでなく他の選手のゴールも、練習中に起きたちょっとしたプレーも、彼の頭の中には入っている。そのデータベースからの情報をもとにして、論理的にゴールへの道筋を組み立てる。紫のエースが得点をとれる最大の武器は、この“考える力=思考力”にあることは、論を待たない。
ただ、彼がデータベースを構築するためには、長い時間が必要だったし、それを維持するためには、どんな状況でも継続する力が求められる。そして、膨大な量の情報蓄積を可能とした継続力こそ、寿人の魅力の1つだ。
公式戦通算300得点へ
記録的な157点目も寿人らしいゴールだった 【写真は共同】
こういう苦境においてもなお、彼は自分のやるべきことをやめなかった。例えば昨夏は、ガムシャラにトレーニングを続ける若者たちに刺激を受け、「やってきたことを大切にしなきゃ」という愛妻の言葉に支えられ、寿人は必死に練習を続け、データベースの構築も休まなかった。その結果、天皇杯とナビスコカップでゴールという結果を出し、リーグ戦での先発も奪い返す。その後の8試合で4得点。一時は絶望視されていた二桁得点も記録した。苦境の中での継続こそ大記録の源泉。それは彼の歴史が証明している。
11月22日、湘南戦。42分まで寿人をマークしていたアンドレ・バイアがドリブルを仕掛けた清水航平に目を向けたその一瞬、エースはスッとバックステップを切り、DFの視界から消えた。得意とする“プル・アウェイ”だ。練習で何度もエースの動きに合わせてきた清水のボールは、まさにピンポイントだ。広島の年間1位&セカンドステージ優勝を確実にするチーム3点目は、王手をかけてから8試合ぶりに決めた寿人のゴール。異例とも言える試合中の胴上げにふさわしい偉業達成に、3万3000人を超える紫のサポーターは酔いしれた。
「自分の動き出しでパスを引き出し、一瞬の動きで(相手の)背中をうまくとれたし、視野から外れて無力化することができました」とストライカーは笑顔を見せて記録達成を喜んだ。
今季の平均プレータイムは約60分。その中でファーストディフェンダーとしての仕事を全うし、12得点を記録したエースは後半16分、笑顔で浅野拓磨にバトンを渡した。ゴールがとれなくてもチームのために身体を張り、守り、走り、スペースをつくる。大記録に王手をかけてから7試合連続無得点を続けてしまった寿人を森保一監督がスタメンから外さないのは、エースが60分間全力で戦い、力を出し尽くしていることを高く評価している証拠。仲間たちの胴上げも、ゴールだけではない寿人の頑張りを、誰もが見ていたからだ。
「フィニッシャーだけではないプレーがやれているから、監督にスタートから使ってもらっていると思っています。得点だけではないプレーの質ももっと上げて、優勝したい」
チームのために。それも寿人らしい。ただ、である。
「200点はどうですか?」という質問に対し、「それよりも、カップ戦を含む公式戦通算300得点を意識したい」。日本代表を含む公式戦通算得点は、260点。この数字がサラリと出てくるところも、佐藤寿人というストライカーの真骨頂なのである。