勝利だけが救い? 2015年のラストマッチ カンボジア戦で浮き彫りになった日本の課題

宇都宮徹壱

流れを変えた柏木と本田

後半開始から出場し、流れを変えた柏木(右) 【写真は共同】

 日本ベンチは後半、ミスが目立った遠藤に代えて柏木陽介を投入する。ハリルホジッチ監督は、W杯予選で経験の少ない選手に出場機会を与えることを「リスク」と呼んでいたが、さすがにリスクばかりをかけられないと判断したのだろう。その柏木が、後半早々から躍動する。前線へのロングパスに岡崎が頭で折り返し、ゴール前の香川にボールが渡ったところで相手DFがたまらずファウル。日本はPKを獲得する。しかし、いつも必ずPKを確実に決めてくれる本田はいない。誰が蹴るのだろうと思ったら、何と岡崎(当人によれば、彼が蹴ることは事前に決まっていたようだ)。結局、代表では6年ぶりとなるPKは、カンボジアGKウム・セレイラットにコースを読まれ、阻止されてしまう。

 PK失敗から5分後の後半6分、またしても柏木が魅せる。FKのチャンスから、柏木はふわりと浮かせたボールを選択。これに岡崎とネン・ソティアロットが競り合い、ボールはソティアロットの頭に当たってそのままゴールに吸い込まれていった。日本、ようやく先制。記録上はオウンゴールであったが、柏木の技術、そしてPK失敗に強い自責の念を感じていた岡崎の執念が結実して生まれたゴールであった。

 日本は後半17分、満を持して宇佐美に代えて本田を投入。本田は定位置の右MFに入り、原口が左サイドに回る。本田、香川、岡崎というお馴染みの顔ぶれが並び立つことで、日本の攻撃陣にはいつもの安定感が戻った。対するカンボジアは、前半あまりにもハードワークをしすぎたためか、足をつる選手が続出。後半24分には14番のケオ・ソクペンが、そして38分にはラボラビーが、すべての力を出し尽くしたかのようにベンチに退いた。リードはわずか1点ながら、危険な選手が相次いでピッチから去ったことで、日本の優位性は揺るぎないものとなっていく。

 後半41分、岡崎に代えて南野拓実が投入され、本田は久々にワントップのポジションに入った。その4分後、藤春からの研ぎ澄まされたクロスに本田が頭で合わせ、豪快にネットを揺らす。それまで必死で抵抗してきた、カンボジアの戦意を打ち砕く日本の追加点。それは同時に、W杯予選5試合連続ゴールという、日本代表新記録樹立の瞬間でもあった。試合はそのまま2−0で日本の勝利。埼玉での試合と同様、日本ベンチ前に整列して合掌のあいさつをするカンボジア代表には、日本サポーターからも温かい拍手が送られた。

あらためて浮き彫りになった日本代表の課題

この日チーム2点目を決めた本田(左から2番目)。背番号4の不在感と存在感を痛いほど感じさせる試合となった 【写真:ロイター/アフロ】

「柏木や本田がプラスをもたらしてくれた」──今日の試合は、ハリルホジッチ監督のこの言葉にすべてが集約されているように思う。柏木に関しては、このシリーズ最大の発見と言ってよいが、それ以上に不在感と存在感を痛いほど感じさせたのが日本の背番号4であった。と同時に指揮官は、選手起用の面でリスクを冒す必要性を訴えたうえで「何人かの選手にはもっとやってほしかった」とも語っている。遠藤と宇佐美に向けられた言葉であることは間違いない。前者は東アジアカップでは3試合に出場しており、後者はハリルホジッチ体制になって全試合に出場している唯一の選手。それだけに、いずれも今回のチャンスを生かし切れずにベンチに退いたことは残念でならない。

 前述したとおり今回のカンボジア戦は、しっかり勝ち点3を確保し、さらには多くのファンが満足できる内容で今年最後のゲームを締めくくることを目指していた。しかし結果は、「一応勝った」(ハリルホジッチ監督)というものに終わってしまった。むしろ、いつも以上に課題が見つかった試合だったと言って良いだろう。本田依存のチーム体質が依然として変わっていないこと、彼を含むベテランを追い落とすような若い才能がなかなか現れないこと、90分トータルで安定した戦いができないこと、相手のカウンターやセットプレーで守備のほころびが目についたこと、などなど。

 この日、何度も右サイドを駆け上がっては積極的なクロスを供給していた長友は、「チーム全体のレベルをもっと上げていかないと、世界には厳しいかなと思う」と語っている。ハリルホジッチ体制となって1年目の2015年の戦績は、13試合で8勝4分け1敗。数字だけを見れば悪くないように思えるが、初陣となったチュニジア戦以外はいずれもアジアの対戦相手であり、イランと韓国を除けばすべてFIFAランキングで下位の相手であったことは留意すべきである。そして年内最後となるカンボジア戦は、チームのさらなる成長を期待する一方で、来年9月から始まるW杯アジア最終予選が厳しい戦いとなることを十分に予感させるものとなってしまった。

 すべての取材を終えて、23時を回ったところでホテルに戻る。ふと、同宿しているカンボジア代表の選手たちのことが気になった。日本相手に大接戦を演じて、ささやかな祝杯でも挙げているのだろうか。もしロビーやエレベーターで顔をあわせたら、彼らの健闘を直接たたえたいと思っていたのだが、残念ながらその機会が訪れることはなかった。おそらくはこの日の試合ですべての体力と気力を振り絞り、今ごろは泥のように眠っているのだろう(あとで知ったのだが、プノンペン在住の選手は試合後にそのまま帰宅したそうだ)。いくら対戦相手がランキングで大きく下回っていても、やはりW杯予選に楽な試合などひとつもない。ほろ苦い余韻を残したまま、プノンペン最後の夜は更けていった。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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