常に全力の人――元阪神・加藤康介の挑戦 3度目の戦力外からのトライアウト舞台裏

岡本育子

グラウンド外でも怠らない準備

阪神の貴重な左の中継ぎとして全力投球を披露してきた加藤。その思いは戦力外通告を受けた今も変わっていない(写真は2013年) 【写真は共同】

 今シーズンの大部分を鳴尾浜で過ごした加藤投手。猛暑の中で走り、投げ、汗を流すベテラン左腕は、グラウンドを引き揚げてからも長い時間をかける。ケガの怖さを知っているからこそ、体のケアやウエートトレーニングは欠かさないのだ。もちろん年齢を重ねたことで、疲労回復も大切な仕事である。試合で投げようが、出番なく終わろうが、費やす時間の長さは変わらない。

 合同トライアウトの3日前、いつも通り朝から鳴尾浜で練習をする加藤投手の帰りを待っていた。お昼過ぎに建物内へ入ったので、14時くらいには出てくるかな、と。ところが15時になっても16時になっても姿が見えず、これは気づかない間に帰ってしまったと諦めかけたら…外が暗くなった18時前に現れた。トライアウトに向け、おそらく最後のケアをしていたのだろう。準備であれ本番であれ、常に全力の人である。

鬼気迫る投球の原点『一日一生』

 加藤投手が初めて参加した2008年11月の合同トライアウト(ベイスターズ球場)も見ていた。今から7年前の堂々たる投げっぷりがよみがえる。きっと働き場所があるに違いない、そんな予感もした。しかし本人は「あの時、ブルペンで膝がもうどうしようもないくらい痛くて…。だから痛くない投げ方を探していた」と言う。

「そうやって出ていったんだけど、マウンドに上がったら、もう抑えが利かなくて。『これが最後になるかもしれない』と思ったら、そうはいかなくなりました。全力で投げた。そしたら不思議と膝の痛みもなくなったんですよ」と振り返る。これが鬼気迫る投球の原点。ひとつの瞬間にすべてを懸けてきた、加藤康介というピッチャーなのだ。

「何でもそうですが、たとえばケガをして、もうあすから野球ができないという可能性もある。その日その日を悔いなくやりたいし、悪い結果になったりもしますが、とにかく自分の中で、その日を大事に送っていくことが大切と思っています」と説明してくれた座右の銘『一日一生』にも通じる。

静岡で「もっとできると思えた」

 7年前と比べて「緊張感はどちらも同じですが、今回は自分でも、どうなるんだろう?とかいろいろな思いがあって、何とか応えたいという気持ちが強かった。どこかに声をかけてもらうためにはマイナスの部分は見せられないし。7年前は自分のいいところさえ出せれば、というだけだったけど。今回は年齢なども踏まえたうえで確実に、かなりのプレッシャーはありました」と、微妙な違いについて言葉を選びながら話した。 

 わずか8球ではあるものの「可能性を感じました。勝手な思い込みですが、これまで向かい風だったのが、静岡に行って追い風に変わったような気がして。悔いなくやれたし、もっとできると思えた。良かったです」とうなずく。

 来年38歳を迎えるサウスポーの、終わらない挑戦をまだ見ていたい――。

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著者プロフィール

兵庫県加古川市出身。プロ野球ナイター中継や、スポーツ番組にレギュラー出演したことが縁で阪神タイガースと関わって30年以上。ウエスタンリーグ中継では実況にも挑戦。それから阪神の2軍を取材するようになり、はや20年を超える。

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