「未体験ゾーン」に挑む指揮官の想い J2・J3漫遊記 愛媛FC

宇都宮徹壱

「勝ち越し」から「プレーオフ進出」へ

今季から主将を務める西田(左)と、今季3年目のDF浦田。試合後の表情は自信に満ちていた 【宇都宮徹壱】

 腹をくくった木山が、最初に定めたのが今季の愛媛の目標設定だった。実はクラブは、2013年から3年かけてJ1昇格を目指す「3カ年計画」を打ち出しており、今季はその3年目に当っていた。しかし木山が目指したのは、昇格でもプレーオフ進出でもなく「勝ち越し」。実はJ2に昇格してから9シーズン、愛媛は一度として勝利数が敗戦数を上回ることはなかった。ゆえに当初は「決して低いハードルだとは思わなかった」と木山は回想する。その上で、目標達成のために行った具体的な方策は3つ。すなわち(1)従来のシステムを踏襲すること、(2)ボールを奪われたら5秒以内で奪い返す「5秒ルール」を徹底させたこと、(3)夏場に向けて走力トレーニングを徹底させたこと、である。

 まず(1)について。愛媛では09年途中から就任したイヴィッツァ・バルバリッチ(〜12年)、続く石丸清隆(13〜14年)は、いずれも3バックの3−4−2−1を採用していた。両監督の下でプレーしていたDF浦田延尚によれば「バルバリッチは組織的な守備ありき。丸さん(石丸)は同じ3バックでも攻撃に主眼を置いた選手の立ち位置や距離感を大切にしていました。木山さんはより結果を重視している印象」と語る。実は木山は、水戸や千葉の監督時代は4バックを採用していた。あえて3バックを選んだのは「チームに4−4−2で生きるタイプがいなかったし、ずっと続けていたシステムをあえて崩す必要はなかったから」。その上で「むしろ自分の(指導者としての)幅を広げるチャンス」と捉えていたと語っている。

 次に(2)の「5秒ルール」。讃岐戦後の会見で、指揮官は「ボールを奪われたら、徹底してすぐに奪い返すことがわれわれの生命線」と言い切っている。その目安となるのが「5秒以内」。攻撃時にボールを奪われたら、すぐに前線の選手から守備にスイッチし、背後の味方が守備しやすいようにプレスをかけながらショートカウンターを狙っていく。その下支えとなったのが(3)の走力トレーニングだった。キャプテンの西田剛は語る。

「監督からは『ウチは例年、夏になると失速する傾向がある。6月は試合の日程にわりと余裕があるから、ここでひと踏ん張りやっていこう』と説明を受けました。暑い時期の2部練習は、正直きつかったです。それでも、あそこで練習量を増やしたことで相手よりも走りきれるようになって、それが8月の連勝につながったんだと思います」

 選手たちが語る、指揮官のイメージは大きく2つ。すなわち「対戦相手のスカウティングが緻密で、それを選手に伝えるのがうまい」という戦略家の顔、そして「叱るタイミングや褒めるタイミングが絶妙で、本当に選手のことをよく見ている」というモチベーターの顔である。1972年生まれの43歳。Jクラブの監督としては若手の部類に入るが、水戸の監督になったのは36歳(Jリーグ史上最年少の監督として当時は話題になった)。その後の7年間のキャリアも伊達ではない。就任1年目で、愛媛をかつてない順位まで引き上げた木山は、アウェーの大分トリニータ戦に1−0で勝利した8月8日、今季の目標を「勝ち越し」から「プレーオフ進出」に上方修正し、それを選手たちに周知した。

あの舞台に再び立つために

ベンチで戦況を見守る木山監督(右)。再びJ1昇格プレーオフの舞台に立つことができるか? 【宇都宮徹壱】

 かくして、愛媛の戦いは「未体験ゾーン」へと突入することになる。J1経験のある格上に連続して競り勝ち、気がつけばクラブ史上初の5連勝、そしてプレーオフ圏内の6位にまで順位を上げた。これまで残留争いしか知らなかった愛媛の選手たちは、この状況をどう捉えているのだろうか。前出の浦田は「みんなの意識が変わりつつある」と、興味深い発言をしている。

「この間の讃岐戦は19時キックオフだったので、アビスパ(福岡)やジュビロ(磐田)の結果はみんな知っていました。上位のチームが勝ったことで、かえって『よし、オレらも勝つぞ!』というモチベーションになりましたね。こういう感覚って、今までの愛媛ではなかったと思います。あと僕自身のことで言えば、これまで以上に身体のケアに気を遣うようになりました。試合や練習以外の部分で、どれだけチームに貢献できるかということを、常に考えるようになりましたね」

 木山がシーズン途中で打ち出した「プレーオフ進出」という目標は、選手たちを萎縮させるどころか、さらなる野心や向上心といったものを喚起させている。それらもまた、チームのさらなる力になっていると見るべきだろう。そしてJ1昇格プレーオフという夢の舞台は、指揮官である木山自身にとっても、乗り越えるべき蹉跌(さてつ)そのものであった。終了間際の決勝点で大分に敗れた、雨の国立での12年プレーオフ決勝(0−1)。それは、指導者としてのターニングポイントであったと木山は振り返る。

「0−0のままでも昇格が決まる状況の中、残り4分というタイミングで米倉(恒貴)に代えて荒田(智之)を投入しました。FW同士の交代でしたが、ベンチからのメッセージとしては『攻めろ』でも『守れ』でもない、ものすごく中途半端な交代だったんですね。その直後に、林(丈統)に決勝点を決められて……。結果論ですけれど、あそこで自分の弱さが出たんだと思います。それから半年くらいは、あの試合のシーンがよく夢に出てきましたね(苦笑)。そこで得た結論は、『どんなに良い試合をしても、勝たなければダメなんだ』ということ。僕たちの世界は、勝つことでのみ評価される、ということでしたね」

 その上で木山は言う。「もしチャンスがあれば、あの舞台に再び立って、今度は愛媛の監督として結果にこだわりたいと思っています」と。選手と指揮官、それぞれの想いが込められた、J1昇格プレーオフという壮大な目標。その後、愛媛は横浜FCと千葉とのアウェー2連戦に敗れて8位に後退(第35節終了時点)したが、まだ十分に可能性を残している。12年にスタートし、これまで数々のドラマを生み出してきたプレーオフ制度。そこにもし愛媛が参戦することになれば、これまでにない話題を見るものに提供することだろう。今季のJ2も残すところあと7試合となったが、愛媛のさらなる奮起を期待したい。

<この稿、了。文中敬称略>

(協力:Jリーグ)

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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