「未体験ゾーン」に挑む指揮官の想い J2・J3漫遊記 愛媛FC
「勝ち越し」から「プレーオフ進出」へ
今季から主将を務める西田(左)と、今季3年目のDF浦田。試合後の表情は自信に満ちていた 【宇都宮徹壱】
まず(1)について。愛媛では09年途中から就任したイヴィッツァ・バルバリッチ(〜12年)、続く石丸清隆(13〜14年)は、いずれも3バックの3−4−2−1を採用していた。両監督の下でプレーしていたDF浦田延尚によれば「バルバリッチは組織的な守備ありき。丸さん(石丸)は同じ3バックでも攻撃に主眼を置いた選手の立ち位置や距離感を大切にしていました。木山さんはより結果を重視している印象」と語る。実は木山は、水戸や千葉の監督時代は4バックを採用していた。あえて3バックを選んだのは「チームに4−4−2で生きるタイプがいなかったし、ずっと続けていたシステムをあえて崩す必要はなかったから」。その上で「むしろ自分の(指導者としての)幅を広げるチャンス」と捉えていたと語っている。
次に(2)の「5秒ルール」。讃岐戦後の会見で、指揮官は「ボールを奪われたら、徹底してすぐに奪い返すことがわれわれの生命線」と言い切っている。その目安となるのが「5秒以内」。攻撃時にボールを奪われたら、すぐに前線の選手から守備にスイッチし、背後の味方が守備しやすいようにプレスをかけながらショートカウンターを狙っていく。その下支えとなったのが(3)の走力トレーニングだった。キャプテンの西田剛は語る。
「監督からは『ウチは例年、夏になると失速する傾向がある。6月は試合の日程にわりと余裕があるから、ここでひと踏ん張りやっていこう』と説明を受けました。暑い時期の2部練習は、正直きつかったです。それでも、あそこで練習量を増やしたことで相手よりも走りきれるようになって、それが8月の連勝につながったんだと思います」
選手たちが語る、指揮官のイメージは大きく2つ。すなわち「対戦相手のスカウティングが緻密で、それを選手に伝えるのがうまい」という戦略家の顔、そして「叱るタイミングや褒めるタイミングが絶妙で、本当に選手のことをよく見ている」というモチベーターの顔である。1972年生まれの43歳。Jクラブの監督としては若手の部類に入るが、水戸の監督になったのは36歳(Jリーグ史上最年少の監督として当時は話題になった)。その後の7年間のキャリアも伊達ではない。就任1年目で、愛媛をかつてない順位まで引き上げた木山は、アウェーの大分トリニータ戦に1−0で勝利した8月8日、今季の目標を「勝ち越し」から「プレーオフ進出」に上方修正し、それを選手たちに周知した。
あの舞台に再び立つために
ベンチで戦況を見守る木山監督(右)。再びJ1昇格プレーオフの舞台に立つことができるか? 【宇都宮徹壱】
「この間の讃岐戦は19時キックオフだったので、アビスパ(福岡)やジュビロ(磐田)の結果はみんな知っていました。上位のチームが勝ったことで、かえって『よし、オレらも勝つぞ!』というモチベーションになりましたね。こういう感覚って、今までの愛媛ではなかったと思います。あと僕自身のことで言えば、これまで以上に身体のケアに気を遣うようになりました。試合や練習以外の部分で、どれだけチームに貢献できるかということを、常に考えるようになりましたね」
木山がシーズン途中で打ち出した「プレーオフ進出」という目標は、選手たちを萎縮させるどころか、さらなる野心や向上心といったものを喚起させている。それらもまた、チームのさらなる力になっていると見るべきだろう。そしてJ1昇格プレーオフという夢の舞台は、指揮官である木山自身にとっても、乗り越えるべき蹉跌(さてつ)そのものであった。終了間際の決勝点で大分に敗れた、雨の国立での12年プレーオフ決勝(0−1)。それは、指導者としてのターニングポイントであったと木山は振り返る。
「0−0のままでも昇格が決まる状況の中、残り4分というタイミングで米倉(恒貴)に代えて荒田(智之)を投入しました。FW同士の交代でしたが、ベンチからのメッセージとしては『攻めろ』でも『守れ』でもない、ものすごく中途半端な交代だったんですね。その直後に、林(丈統)に決勝点を決められて……。結果論ですけれど、あそこで自分の弱さが出たんだと思います。それから半年くらいは、あの試合のシーンがよく夢に出てきましたね(苦笑)。そこで得た結論は、『どんなに良い試合をしても、勝たなければダメなんだ』ということ。僕たちの世界は、勝つことでのみ評価される、ということでしたね」
その上で木山は言う。「もしチャンスがあれば、あの舞台に再び立って、今度は愛媛の監督として結果にこだわりたいと思っています」と。選手と指揮官、それぞれの想いが込められた、J1昇格プレーオフという壮大な目標。その後、愛媛は横浜FCと千葉とのアウェー2連戦に敗れて8位に後退(第35節終了時点)したが、まだ十分に可能性を残している。12年にスタートし、これまで数々のドラマを生み出してきたプレーオフ制度。そこにもし愛媛が参戦することになれば、これまでにない話題を見るものに提供することだろう。今季のJ2も残すところあと7試合となったが、愛媛のさらなる奮起を期待したい。
<この稿、了。文中敬称略>
(協力:Jリーグ)