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中国人ファイナリスト・蘇の偉業
ボルトと並走した9秒台の世界観

9秒台、例外の3人目

黄色人種で初めて「10秒の壁」を破る9秒99を出した蘇炳添
黄色人種で初めて「10秒の壁」を破る9秒99を出した蘇炳添【写真:ロイター/アフロ】

 中国の北京で行われている陸上の世界選手権で、地元・中国の蘇炳添が男子100メートル決勝の舞台に立った。あのウサイン・ボルト(ジャマイカ)の隣で走った準決勝で自身2度目の9秒99を出し、タイムによる追加ながら、準決勝を突破した。


 歴史的な快挙である。身体能力に長けていると言われる黒人選手がひしめく陸上の花形種目で、黄色人種が最後の8人(今回は準決勝で同タイムがあったため9人)に残ったのだ。


 今年5月のダイヤモンドリーグ(世界トップが出場するシリーズ戦)で黄色人種で初めて「10秒の壁」を破る9秒99を出し、その勢いに乗って「世界大会の男子100メートルの決勝舞台」を達成してしまった。この二つは、山縣亮太(セイコーホールディングス=当時、慶應義塾大)が12年ロンドン五輪で10秒07の五輪日本人最高を出し、13年に桐生祥秀(東洋大=当時、洛南高)が10秒01に達して以降、日本陸上界が10数年ぶりに追い始めている目標であるだけに、日本にとっては中国に先を越された形となった。


 だが、この蘇の活躍を素直にたたえたい。この素晴らしいパフォーマンスには、スポーツの感動そのものがあった。

 100メートルの世界では黒人選手の能力が圧倒しており、これまで80人以上いる9秒台の記録は、ほとんどが黒人によっている。今年の5月30日まで、例外はわずかに2人。アイルランド人の父とオーストラリアの先住民族であるアボリジニの母を持つパトリック・ジョンソン(オーストラリア)と、白人のクリストフ・ルメートル(フランス)だけだった。

 そして、例外の3人目となったのが、黄色人種の蘇だったわけだ。

決勝は10秒00から9秒99の時代へ

男子100メートル準決勝ではボルトの隣のレーンで走った蘇
男子100メートル準決勝ではボルトの隣のレーンで走った蘇【写真:ロイター/アフロ】

 決勝に勝負を懸ける準決勝。「右隣のボルトに付いていこう」と思っていたが、そのボルトがスタートでつまずいてしまったため、左隣の選手にターゲットを切り替えた。ボルトにはさすがというしかないラストの追い込みでかわされたが、ルメートルを置き去りにし、銅メダルを獲得することになるトライボン・ブロメル(米国)と同タイムの9秒99で3着のゴール。「9秒台スプリンター」の堂々たる走りだった。だが、無条件で決勝に上がれる2着には入れず、しかも3組で合計3人の9秒99がいたために判定に時間がかかり、待たされる。


 前回大会の13年モスクワ大会では、先輩の張培萌が準決勝で10秒00のアジアタイ記録を出しながら、1000分の1秒の判定で、同タイムだったルメートルに決勝を譲っていた。

 蘇は「そのことを思い出し、心配になった」と言う。だが、ほどなくして夢の決勝が決まる。固唾(かたず)を飲んで待っていた中国メディアから歓声が上がった。

 これはまた、世界大会の決勝進出のための必要タイムが、10秒00から9秒99へ、10秒台から9秒台へと完全に移行した瞬間でもあった。


 ほんのわずかな差で「モスクワの張」と「北京の蘇」の明暗が分かれたということでもあった。そのことについて、蘇は「運が良かったともいえる」と冷静な分析もした。ちなみに、蘇は雨が好きで、この日も午後になって一時、雨粒が落ちてきたことが、彼の気分を良くさせたのかもしれない。12年のゴールデングランプリ川崎で追い風参考の10秒04を出したときも雨天だった。

「私の前に何人もの先輩たちが挑戦してきた」

決勝で蘇は最下位に終わったもののファイナリストたちと堂々と渡り合った
決勝で蘇は最下位に終わったもののファイナリストたちと堂々と渡り合った【写真:ロイター/アフロ】

 そして、決勝。蘇は、予選と準決勝で「自分の能力の全部を出していたので、体力が消耗していた」。2レーンに入る。運命の号砲。先頭では、今季世界最高を出し、金メダル候補の筆頭だったジャスティン・ガトリン(米国)が90メートル付近で体勢を崩し、ボルトが逆転で王者の称号を守り切った。蘇は最下位に終わるものの、後続の団子状態に食らいつき、ほかは全員が黒人選手であるファイナリストたちと堂々と渡り合った。疲労を蓄積した中での10秒06のタイムは、価値あるものだった。


「この結果に満足している。けれど、これは私一人の力ではなく、私の前に何人もの先輩たちが挑戦してきた。私に対しての期待のおかげで努力ができた。これからもっと多くの選手が決勝のレースを走れると思う」


 蘇は、そう振り返った。

 メダリストも蘇の走りを称賛した。ガトリンは「9秒99を2回も出したのは実力の証明と言える。アジアの選手ももっと頑張ってほしい」とエールを送った。

高野祐太

1969年北海道生まれ。業界紙記者などを経てフリーライター。ノンジャンルのテーマに当たっている。スポーツでは陸上競技やテニスなど一般スポーツを中心に取材し、五輪は北京大会から。著書に、『カーリングガールズ―2010年バンクーバーへ、新生チーム青森の第一歩―』(エムジーコーポレーション)、『〈10秒00の壁〉を破れ!陸上男子100m 若きアスリートたちの挑戦(世の中への扉)』(講談社)。

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