流れを変える代打 “福の神”がいた!=漫画『クロカン』で学ぶ高校野球(9)

田尻賢誉
 プロ野球では「代打の神様」と呼ばれる選手が存在する。一打同点、逆転の場面で、一振りに懸ける職人には、時に名前がコールされるだけで、スタジアムの雰囲気を変える力が備わっている。一見、「代打の神様」といった選手が存在しないような高校野球だが、100年の歴史を振り返ると、そう呼ばれてもおかしくない選手が存在してきた。1球に全神経を集中させ、一振りで状況を打開する「代打」。
 型破りな指導をする監督・黒木竜次が主人公の高校野球漫画『クロカン』を通じて、高校野球の現実(リアル)を考える短期集中連載の第9回のテーマは、代打に焦点を当てる。

『クロカン』第8巻4話「福の神」より 【(C)Norifusa Mita/Cork】

『クロカン』第8巻4話「福の神」より 【(C)Norifusa Mita/Cork】

何かを変える存在“福の神”

『クロカン』第13巻5話「胸のマーク」より 【(C)Norifusa Mita/Cork】

『クロカン』第13巻5話「胸のマーク」より 【(C)Norifusa Mita/Cork】

「福の神」

 鷲ノ森高校にはそう呼ばれる選手がいる。“驚異の出塁率10割男”、代打の切り札・福松だ。群馬県大会では準決勝の常洋大鴨原高校戦で死球。決勝の桐野高校戦でも頭部への死球で出塁した。甲子園でも初戦の薩摩示現高校戦でライト前にポテンヒット。準々決勝の豊将学園高校戦では、6対6の同点に追いついた9回裏2死一塁から、右中間へサヨナラタイムリーヒットを放っている。名前の通りの、まさにラッキーボーイだ。

 福松が出ると流れが変わる。試合の局面を変えてくれる。唯一無二。代わりのきかない存在が“福の神”だった。

 現実の甲子園でも“驚異の代打男”として名を売った選手がいる。2006年夏にベスト4に進出した鹿児島工高(鹿児島)の今吉晃一だ。ツルツルに剃りあげた頭に165センチ、89キロの太めの体型。打席に入るときの「シャー」のかけ声でも個性的なキャラクターを喜ぶ甲子園ファンの心をつかんだ。

 代打専門での出場の今吉は鹿児島大会では6打数5安打。甲子園でも初戦の高知商高(高知)戦で一塁強襲の二塁打を放つと、準々決勝の福知山成美高(京都)戦でも1点リードされた7回に、同点の呼び水となるショート内野安打。これはショートがゴロをはじいた上に、送球まで逸れるという幸運な安打だった。今吉が打てば何かが変わる。まさに鹿児島工の“福の神”だった。当時鹿児島工を率いていた中迫俊明監督はこう言う。

「運があるという話じゃないけど、練習試合でも不思議とあいつが打つと相手がエラーをしたり、サヨナラヒットになったり、結構そういうことがあった。父兄の方々も彼が出てくると『晃一がきた! 何かするぞ』みたいな雰囲気になって、県大会からスタンドも『きた、きた』という感じだったんです。だから夏の大会も使い続けた。あの雰囲気があったから6の5も打てた。あの子が運を引き寄せたんだと思います」

監督が授けた秘策

 代打で起用するにあたり、今吉には秘策を授けていた。積極的に振るのが代打。今吉の体型を見て相手は長打を警戒する。当然、ストレートから入ってくる可能性は低い。

「初球は変化球で入ってくる。それを狙っとけと。3試合目ぐらいで今吉が『監督、僕の変化球狙いに相手は気づきませんかね?』と言ってきたんですけど、『お前はそんなに注目されてないから心配するな』と(笑)」

 今吉も自分なりに工夫していた。

「シャーと気合を入れれば、投手は『こいつは代打で力が入ってる。ストレート狙いだ』と思うはず。変化球を投げてもらうために叫ぶようにしたんです」

 福知山成美戦の安打は、初球から2球続いたスライダーを打ったものだった。腰を疲労骨折したため、打撃練習も満足に行えなかった今吉。本格的な打撃練習はシート打撃で2〜3スイングするぐらいだった。何本でも打ち込むわけにはいかない。普段から1球を大事にする姿勢が、打席での集中力につながった。中迫監督は言う。

「運を持った子を探す。そういうところまで選手を見る。下手でも、何か持っている子はいるんじゃないかという見方で選手を見られるようになりました」

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著者プロフィール

スポーツジャーナリスト。1975年12月31日、神戸市生まれ。学習院大卒業後、ラジオ局勤務を経てスポーツジャーナリストに。高校野球の徹底した現場取材に定評がある。『智弁和歌山・高嶋仁のセオリー』、『高校野球監督の名言』シリーズ(ベースボール・マガジン社刊)ほか著書多数。講演活動も行っている。「甲子園に近づくメルマガ」を好評配信中。

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