流れを変える代打 “福の神”がいた!=漫画『クロカン』で学ぶ高校野球(9)

田尻賢誉

今大会の“福の神”は誰だ?

3点ビハインドの8回、代打・橋のタイムリーで勝ち越しに成功するも、最終回に興南の猛攻を浴び、サヨナラ負けした石見智翠館 【写真は共同】

 今大会の“福の神”は島根にいた。

 石見智翠館高の背番号13・橋敬良だ。橋は島根大会準決勝の大社高戦の9回、5対6と追い上げた1死満塁の場面で代打で登場すると、初球を打って同点タイムリー。甲子園では興南高(沖縄)戦の8回、4対4の同点に追いついた後の2死満塁の場面で代打で出ると、カウント2ボールからの3球目をライト前にはじき返し、三塁から勝ち越しの走者を迎え入れた。

 夏の大会は2打席に立ち、2打数2安打2打点。ともに終盤の緊迫した展開の満塁での殊勲打だった。スイングしたのは2度だけで、その2度とも確実にとらえて安打にしている。集中力と勝負強さはハンパではない。なぜ、こんな離れ業ができたのか。

 理由は、日々の取り組みにあった。石見智翠館では、“TY=続けてやる”をテーマに選手一人ひとりが毎日自分で決めたことを続けているが、橋の決め事は「毎日、3本から5本、素振りを真剣に振ること」。数は少ないが、橋の出番は代打のみ。少ないチャンスで確実に自分のスイングをするために、代打をイメージしながらスイングしていた。

「想定はいつも1死満塁です。最悪は当てにいってゲッツー。しっかり振って、外野フライでもOKというイメージと、初球フルスイングのイメージを持ってやってました」

 普段の練習でも、常に代打を想定した。「一番大事なのは初球。初球が悪くてあとが良くても意味がない」と、打撃練習でも自分より先に打った選手に打撃投手の球の速さや特徴などを聞いて、それを想定してタイミングを取ってから打席に入るようにした。

 試合では一塁ベースコーチに立つが、相手の投球練習時にタイミングを取るだけでなく、味方が安打や四死球で出塁すると、エルボーガードやフットガードを受け取りながら、「相手の投手はどんな感じ?」と情報収集も欠かさなかった。ベースコーチだが、常に手には打撃用の手袋をつけている。その理由は、いつ、どの場面で突然「代打いけ」と言われても準備が遅れないようにするためだ。すべての行動が代打で結果を残すため、1球に勝負を懸けるための準備だった。

準備の姿勢が“福の神”を連れてくる

 興南戦では押し出しも頭をよぎるカウント2ボールからの3球目を迷わず振り抜いた。

「待つ気はなかったです。向こうはフォアボールを出したくない。2ボールになって、次は絶対ストライクを入れにくると思いました」

 普段の取り組みが積極性を生む。それが、確実にファーストストライクをとらえる好結果に結びついた。代打で生きる橋が、大事にしていたことは何だろうか。

「準備が一番大事だと思います。バッテ(バッティング手袋)をしておくこともそうですけど、打席に入る前にタイミングを取ったり、情報を聞いたりすること。一番大事なのは初球なので。準備ができていないと、気持ち的にも(積極的に)いけないと思います」

 毎日、何をイメージしてどんな準備を積み重ねていけるか――。準備の姿勢が、“福の神”を連れてくる。

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著者プロフィール

スポーツジャーナリスト。1975年12月31日、神戸市生まれ。学習院大卒業後、ラジオ局勤務を経てスポーツジャーナリストに。高校野球の徹底した現場取材に定評がある。『智弁和歌山・高嶋仁のセオリー』、『高校野球監督の名言』シリーズ(ベースボール・マガジン社刊)ほか著書多数。講演活動も行っている。「甲子園に近づくメルマガ」を好評配信中。

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