球児の「特別扱い」も使いよう=漫画『クロカン』で学ぶ高校野球(8)

田尻賢誉
 甲子園では毎年、新しいスターが誕生していく。早稲田実業の荒木大輔、PL学園の清原和博、桑田真澄、横浜の松坂大輔、早稲田実業の斎藤佑樹ら枚挙にいとまがない。しかし、突出した能力を持つスター選手が1人いただけでは、甲子園を勝ち上がることは難しく、チーム内でいかに孤立させないかが監督に求められることになる。
 型破りな指導をする監督・黒木竜次が主人公の高校野球漫画『クロカン』を通じて、高校野球の現実(リアル)を考える短期集中連載の第8回のテーマは、スター選手の特別待遇をどう考えるかだ。

漫画で実現した「高校生プロ選手一号」

『クロカン』第4巻1話「プロ契約」より 【(C)Norifusa Mita/Cork】

『クロカン』第4巻1話「プロ契約」より 【(C)Norifusa Mita/Cork】

 プロ契約――。甲子園出場を果たした桐野高校から、部員数が9人ぎりぎりの鷲ノ森高校へ移った黒木竜次監督が、田舎の山奥の学校で1人のスーパー球児と出会う。投げては最速150キロ、打っても本塁打を量産する坂本拓也だ。

 ところが、坂本は家庭の事情で経済的に苦しく朝はキノコの出荷で山へ入り、放課後はガソリンスタンドでアルバイトをする毎日。野球部の練習には参加できない。いくら並外れた才能の持ち主でも、これでは最大限に能力を発揮することは難しい。そこで、黒木監督が仰天の行動に出た。坂本にプロ契約することを持ちかけたのだ。バイトで月10万円を稼いでいた坂本に、自ら給料を払うと約束した。

「まず俺と契約しねえか? 卒業まで月給15万……甲子園が決まったら、ボーナス100万……」

 この話に乗ってきた坂本にクロカンはこう言う。

「たった今から、おめえは俺に雇われた日本で初めての……高校生プロ選手一号だ」

待遇に差で役割と責任を明確化

『クロカン』第4巻9話「ベストメンバー」より 【(C)Norifusa Mita/Cork】

“高校生にカネを払う? そんなことをしていいはずがない!”

 そう思う人が大半だろう。事実、鷲ノ森でも学校関係者はもちろん、町の人やマスコミまで大騒ぎになった。だが、坂本はその実力と結果で周りを認めさせていく。
 クロカンも特別扱いをする以上、妥協は許さなかった。要求も大きくなった。契約以後、坂本が逃げる姿勢を見せると、クロカンは「それでもプロか?」「プロなんだからお前が決めろ」と言って困難に立ち向かわせた。

 一方で、坂本以外の選手たちからはカネを取っている。彼らには、こう言った。
「おまえたちはこのカンに金を払う。しかし坂本は俺から給料をもらう。これは能力の差だ……これは歴然としてる。人間に能力の差があることは明白だ。だが……そこに立ち向かうところに努力とチャレンジ精神が生まれるんだ。平等ってのはな、力が全員同じってことじゃねえ。全員が力を出し尽くすチャンスを等しく与えられるってことだ。
 おまえらにも力はある。このカンに貯まった分、着実に身についてる。そのおまえらが後ろを守ってこそ坂本が力を出せる。力を出す者、それを支える者。みんなそれぞれ分担し、チームは成り立つ」

 坂本1人でチームは成り立たない。だが、実力によって求められることは変わってくる。待遇に差をつけることによって、黒木監督は、坂本にも、他の選手にも、役割と責任を明確にしたのだ。これがはっきりしていたことが、鷲ノ森が力を出せた要因だった。

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著者プロフィール

スポーツジャーナリスト。1975年12月31日、神戸市生まれ。学習院大卒業後、ラジオ局勤務を経てスポーツジャーナリストに。高校野球の徹底した現場取材に定評がある。『智弁和歌山・高嶋仁のセオリー』、『高校野球監督の名言』シリーズ(ベースボール・マガジン社刊)ほか著書多数。講演活動も行っている。「甲子園に近づくメルマガ」を好評配信中。

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