球児の「特別扱い」も使いよう=漫画『クロカン』で学ぶ高校野球(8)
“特別待遇”を明言した07年の聖望学園
聖望学園高・岡本監督が大塚(写真)の性格から巧みな話術で“乗せて”、チームをセンバツ準優勝に導いた 【写真は共同】
ただ、それは表には出ないところでのこと。実際に「この選手は特別ですよ」と周囲に知らせることはほとんどない。ところが、現実にクロカンのように“特別待遇”を明らかにした指揮官がいる。聖望学園高(埼玉)の岡本幹成監督だ。2007年秋の埼玉大会でのこと。ライバルの浦和学院高が「一人一役全員主役」というキャッチフレーズを掲げているのを耳にすると、準々決勝での対戦を前にこんなことを口にした。
「ウチは大塚主役、全員わき役や」
他の選手をはじめ、周囲から反感を買いかねない言葉だが、チームはそう言わざるをえない状態だった。夏の県大会は初戦で敗れるどん底からのスタート。秋の県大会初戦の滑川総合高戦はエースの大塚椋司(現JX−ENEOS)が自ら本塁打を放ち、19三振を奪うワンマンショーでの勝利だった。おまけに、大塚は気分屋。気持ち良く投げてもらうために“乗せた”のだ。一方で、野手陣に対しては「大塚に頼りっぱなしでええのか」というメッセージでもあった。
“話術”と“特別待遇”による采配
「今はウチの殿。神様、仏様、大塚様や」
さらに乗った大塚は、関東大会でも完封を含む2試合連続完投勝利でチームをセンバツに導くと、甲子園でも小松島高(徳島)を完封するなど投げて打っての活躍で、準優勝の原動力になった。
ワンマンぶりが際立つと、チーム内に溝ができてしまうもの。だが、岡本監督はしっかりと手を打っていた。セカンドに大塚と瑞穂シニア時代からのチームメイト・高山拓海を起用したのだ。その理由は、「大塚に厳しく言えるのはあいつしかおらん」から。試合中のタイムは高山に取らせ、マウンドの大塚に声をかける役目を与えて、孤立しないようにした。
実は、大塚は性格的にも決して気持ちが強いタイプではなく、気分に左右されやすかった。打線に飛び抜けた選手もおらず、勝つためには大塚に頼るしかない。性格を踏まえた上で、最大限に実力を出させるにはどうしたらよいか。それが岡本流の“話術”と“特別待遇”による采配だった。特別扱いをして、自由にさせているように思わせ、実はしっかりと手のひらで操縦する。これぐらいの度量と準備がないと、あえてスターを特別扱いするようなことはできない。