機動破壊…知恵と工夫が生む野球の個性=漫画『クロカン』で学ぶ高校野球(7)

田尻賢誉
 打撃主体のチーム、守備主体のチーム、機動力のチーム……高校野球に出場する学校には、それぞれ個性的なチームカラーが存在する。強みを生かした攻撃は相手チームの脅威となり、単なる個性から唯一無二の武器として、大きなインパクトを見ている者に与えることにもつながる。
 型破りな指導をする監督・黒木竜次が主人公の高校野球漫画『クロカン』を通じて、高校野球の現実(リアル)を考える短期集中連載の第7回のテーマは、チーム作りにスポットを当てる。

弱者に大切な抜きんでる何か

『クロカン』第1巻1話「クロカン野球1」より 【(C)Norifusa Mita/Cork】

『クロカン』第1巻1話「クロカン野球1」より 【(C)Norifusa Mita/Cork】

『クロカン』第1巻1話「クロカン野球1」より 【(C)Norifusa Mita/Cork】

「おまえね……どうしてエース中心だの、守り抜く野球だの、型にこだわんの? そんな定食屋のメニューみてえなチーム作って、なにがおもしれえんだよ……」

 クロカンこと黒木竜次監督が桐野高校を率いていたとき、高校時代の同級生である森岡謙一郎部長に言ったのがこの言葉だ。森岡は公立伝統校のOBらしく、エースを中心にした守備重視。最少失点を守り抜くチーム作りを掲げていた。この発言に怒った森岡は、黒木に「おまえはどういうチームが作りたい……言ってみろ」と問う。これに黒木はこう答えた。

「しいていえば……バカばっかのチームだな……」

 クロカンの言う“定食屋のメニュー”とは、個性のない、どこにでもあるチームのこと。たとえ走攻守三拍子そろっていても、それぞれが平均点ならば、相手には何の脅威も与えることはできない。チームとして、何かに抜きんでるか、何がしたいかをはっきりさせるか。それを明確にすることが弱者には大切なのだ。幕の内弁当のようなチームは、まんべんなくそろっているようで、どれも中途半端。何かで勝負することはできない。だからこそ、黒木は森岡にはっきりとこう言っている。

「てめえの野球じゃ、絶対勝てねえ……」

度肝を抜いた北大津のチームルール

 現実の高校野球界で、このチーム作りをしているのが北大津高(滋賀)の宮崎裕也監督だろう。宮崎監督は「個性があるから相性が生まれる」と言う。

 甲子園で宮崎野球が度肝を抜いたのは2010年の夏。3回戦の成田高(千葉)戦だった。1点リードされた8回の攻撃。無死一、二塁で4番・小谷太郎のカウントが3ボール、ノーストライクとなったところで、2人の走者がスタート。小谷はスイングした。まさかのエンドラン。これがファウルになると、さらに次の球でも2人の走者がスタート。今度は小谷がボール球を空振りして二塁走者が盗塁失敗に終わったが、“非常識”な攻撃は全国にインパクトを与えた。

 実は、この作戦はエンドランではない。
 北大津では走者一塁、一、二塁、満塁の場面で、打者のカウントが3ボール(3−0、3−1、3−2)になると走者は自動的にスタートする決まりになっている。打者はボールなら見逃して四球。ストライクなら打つ。これがチームルールなのだ。なぜ打つのかといったら、3ボールになると投手は四球を嫌がり球を置きにくることが多いから。ストライクを取りにくるために、打ちごろの球がくる。練習試合で試したところ、成功する確率が高かったため、チームルールとして定着した。宮崎監督は言う。

「野球を勝負ということだけで考えたら、やはり力とか技術があるということが最優先されると思います。でも、勝負の中にはそれだけじゃないものが要素として含まれている。力とか技術を度外視して、それを上回るもの。今までの経験から、それは相性しかないんですよね」

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著者プロフィール

スポーツジャーナリスト。1975年12月31日、神戸市生まれ。学習院大卒業後、ラジオ局勤務を経てスポーツジャーナリストに。高校野球の徹底した現場取材に定評がある。『智弁和歌山・高嶋仁のセオリー』、『高校野球監督の名言』シリーズ(ベースボール・マガジン社刊)ほか著書多数。講演活動も行っている。「甲子園に近づくメルマガ」を好評配信中。

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