甲子園の未来をドラゴン桜作者が提言=漫画『クロカン』で学ぶ高校野球(1)

田尻賢誉

【(C)Norifusa Mita/Cork】

「俺から野球を教わりたいなら、金を払え」――突拍子もない発言にも、なぜか高校野球の本質が身にしみて伝わる。高校野球漫画『クロカン』は、監督・黒木竜次を主人公に、田舎の弱小野球部が全国優勝を果たすまでの過程を描いている。監督目線でのストーリーは監督、選手、相手チームの心理描写や指導方法など、リアルに近い描写が特徴で、実際の高校野球の監督も愛読者が多いという。この『クロカン』の作者は、ドラマにもなった人気漫画『ドラゴン桜』の作者・三田紀房氏だ。現在でも『砂の栄冠』など高校野球に関する漫画を描いている三田氏が、高校野球漫画に込めた思い、100年を迎えた高校野球のあり方について、独自の目線で語った。

実際の人物をモデルに描いた『クロカン』

『ドラゴン桜』や『砂の栄冠』の作者である三田紀房氏 【スポーツナビ】

――漫画『クロカン』は黒木竜次監督が主人公です。公立校の監督でありながら、学校の教員ではなく、家業の豆腐屋をやりながら指導しているのも珍しい。なぜ、監督を主役にしたマンガを描こうと思ったのですか?

 幼い頃、地域の中に実際に黒木のような人がいたんです。実家は大きな商売をやっているんだけど、昼間は競馬に行ったり、パチンコに行ったりしている。それが、午後になるとグラウンドでノックを打っている。日中はブラブラしているのにグラウンドに行けば王様。ある意味、男としてのロマンですよね。子供心に「何かこういう人生いいな」と思ったんですよ。それで、そういう人を絡めて高校野球の監督を描いたら面白いんじゃないかと。

――黒木監督は、監督とは思えないようなぶっとんだ言動で周囲を騒がせます。その“めちゃくちゃなこと”のひとつに、「ノックを打つごとにカネを払え」と、選手に指導する対価としてお金を要求する場面があります。

 強くなるためには、具体的に目に見えるもの、具体例がないとダメなんです。良い例が『巨人の星』の大リーグ養成ギプス。あんなバネをつけて日常生活を送っているという前提があるから、星飛雄馬は豪速球が投げられる。山の中にある学校(鷲ノ森高校)が半年で甲子園に行きました、と言っても納得しない。だから、ビジュアルとして見せる仕掛けが何か欲しかった。そのときに思いついたんです。ノック1本あたり1円でも5円でもいいから払えと。それが缶いっぱいに貯まったときにお前たちは甲子園に行くんだと。「タダでは強くなれない」と黒木は言っているんですけど、それによって読者も「たしかにカネを取られれば真剣に捕るよな」とか、いろんな想像をめぐらせてくれるんです。

勝つために全力を尽くすのが監督

――黒木監督はこの他にも、投げては150キロ、打っては本塁打連発のスーパー球児・坂本拓也に自ら「給料だ」と、毎月お金を払って野球に専念させました。家庭の事情でアルバイトに明け暮れ、練習に参加できなかった坂本に対してとはいえ、高校野球では“非常識”な行動と言えます。このような現実には難しいことを連発するのが黒木監督らしさとも言えますよね。

 全国に約4000校あって、最終的に勝つ監督は1人しかいない。あとの3999校は全員負けるわけです。そうすると、どうしても99.99パーセント負けるというのが心の片隅にある。負けたときの準備をしてしまうんですよね。リスクを回避するために、負けても周りのみんなが納得するようなチーム作りをせざるをえない。とりあえず球が速い投手をエースにして、打てる選手を4番に置いて、「ベストメンバーでやった。全力は出した。でも、相手が強かった」という準備をみんなするんです。現実に高校野球の監督をやっていたら、やむを得ないことだと思いますけどね。

 ところが、黒木は負けを想定していない。「このままいけば勝つよ」「優勝するんだ」と堂々と言って、勝てないときは「オレのせいだ」と言って自分で責任を負う。彼はリスクを全部自分で背負っているから、多少周りが「えっ!?」と思うこともやれる。そういうところが、彼の説得力につながるんじゃないかなと思いますね。

――実際、黒木監督は甲子園優勝を求める鷲ノ森村長に対し、150キロを出せる打撃マシンを用意しろと言っています。最終的には1人1台、計13台ものマシンを村に買わせました。現場の人間がなかなか言えない「勝つにはカネが必要なんだ」というのを代弁しているかのようです。

 みんな何となく思っていることなんですよね。実は思っているけど、言ってしまうと、世間的に非難を浴びるし、自分の立場を危うくするので封印している。そういうことってたくさんあると思います。実際、高校野球の現場でも「遠征のバス代をどうするか」とか「遠征に行ったときの弁当の値段まで考えないといけない。本当は600円の弁当を食べさせたいんだけど、350円のになっちゃう」とか言っている。現実問題としても、やはりシャケ弁を食べている高校より、ハンバーグとエビフライがついている弁当を食べている高校が強い。「もうちょっとお金があれば……」というのは、みんな思っている。でも、「高校野球はカネがある方が勝つ」なんて口が裂けても言えない(笑)。「1人1台マシンを用意する」というのも、実際に聞いた話なんです。「1日打たせたら、バッティングで勝てますよ」と。でも、その学校を見ると、壊れかけのマシン1台しかない。打撃投手は1年生で全然ストライクが入らない(笑)。打撃練習にもなりゃしないわけです。そうなると、手っ取り早く解決するにはカネだなと。

――現場の夢を次々と実現してくれるのが黒木監督なんですね。

 要はやる気の問題ですよね。不満ばっかり言っていないで、そこに至るまでの自分なりの主張とか説得をするべき。ダメでもともとで動いてみるのは悪いことじゃないと思うんです。「バッティングマシンをもう1台欲しい」とはっきり言えば、まったく動かないわけではない。「1台寄付してやろう」という物好きな人がいないとも限らない。言わずに、「精神力や気持ちで乗り切ろう」なんていうのは、はっきり言ってその人の自己満足。自分が精神論を語るのは結構なことですが、それによって結果が出ないで悲しい思いをするのは子供たちですから。それを用意してやるのは大人の責任。本当に子供たちのことを思うなら、勝つために全力を尽くすのが監督だと思います。

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著者プロフィール

スポーツジャーナリスト。1975年12月31日、神戸市生まれ。学習院大卒業後、ラジオ局勤務を経てスポーツジャーナリストに。高校野球の徹底した現場取材に定評がある。『智弁和歌山・高嶋仁のセオリー』、『高校野球監督の名言』シリーズ(ベースボール・マガジン社刊)ほか著書多数。講演活動も行っている。「甲子園に近づくメルマガ」を好評配信中。

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