甲子園の未来をドラゴン桜作者が提言=漫画『クロカン』で学ぶ高校野球(1)
【(C)Norifusa Mita/Cork】
実際の人物をモデルに描いた『クロカン』
『ドラゴン桜』や『砂の栄冠』の作者である三田紀房氏 【スポーツナビ】
幼い頃、地域の中に実際に黒木のような人がいたんです。実家は大きな商売をやっているんだけど、昼間は競馬に行ったり、パチンコに行ったりしている。それが、午後になるとグラウンドでノックを打っている。日中はブラブラしているのにグラウンドに行けば王様。ある意味、男としてのロマンですよね。子供心に「何かこういう人生いいな」と思ったんですよ。それで、そういう人を絡めて高校野球の監督を描いたら面白いんじゃないかと。
――黒木監督は、監督とは思えないようなぶっとんだ言動で周囲を騒がせます。その“めちゃくちゃなこと”のひとつに、「ノックを打つごとにカネを払え」と、選手に指導する対価としてお金を要求する場面があります。
強くなるためには、具体的に目に見えるもの、具体例がないとダメなんです。良い例が『巨人の星』の大リーグ養成ギプス。あんなバネをつけて日常生活を送っているという前提があるから、星飛雄馬は豪速球が投げられる。山の中にある学校(鷲ノ森高校)が半年で甲子園に行きました、と言っても納得しない。だから、ビジュアルとして見せる仕掛けが何か欲しかった。そのときに思いついたんです。ノック1本あたり1円でも5円でもいいから払えと。それが缶いっぱいに貯まったときにお前たちは甲子園に行くんだと。「タダでは強くなれない」と黒木は言っているんですけど、それによって読者も「たしかにカネを取られれば真剣に捕るよな」とか、いろんな想像をめぐらせてくれるんです。
勝つために全力を尽くすのが監督
全国に約4000校あって、最終的に勝つ監督は1人しかいない。あとの3999校は全員負けるわけです。そうすると、どうしても99.99パーセント負けるというのが心の片隅にある。負けたときの準備をしてしまうんですよね。リスクを回避するために、負けても周りのみんなが納得するようなチーム作りをせざるをえない。とりあえず球が速い投手をエースにして、打てる選手を4番に置いて、「ベストメンバーでやった。全力は出した。でも、相手が強かった」という準備をみんなするんです。現実に高校野球の監督をやっていたら、やむを得ないことだと思いますけどね。
ところが、黒木は負けを想定していない。「このままいけば勝つよ」「優勝するんだ」と堂々と言って、勝てないときは「オレのせいだ」と言って自分で責任を負う。彼はリスクを全部自分で背負っているから、多少周りが「えっ!?」と思うこともやれる。そういうところが、彼の説得力につながるんじゃないかなと思いますね。
――実際、黒木監督は甲子園優勝を求める鷲ノ森村長に対し、150キロを出せる打撃マシンを用意しろと言っています。最終的には1人1台、計13台ものマシンを村に買わせました。現場の人間がなかなか言えない「勝つにはカネが必要なんだ」というのを代弁しているかのようです。
みんな何となく思っていることなんですよね。実は思っているけど、言ってしまうと、世間的に非難を浴びるし、自分の立場を危うくするので封印している。そういうことってたくさんあると思います。実際、高校野球の現場でも「遠征のバス代をどうするか」とか「遠征に行ったときの弁当の値段まで考えないといけない。本当は600円の弁当を食べさせたいんだけど、350円のになっちゃう」とか言っている。現実問題としても、やはりシャケ弁を食べている高校より、ハンバーグとエビフライがついている弁当を食べている高校が強い。「もうちょっとお金があれば……」というのは、みんな思っている。でも、「高校野球はカネがある方が勝つ」なんて口が裂けても言えない(笑)。「1人1台マシンを用意する」というのも、実際に聞いた話なんです。「1日打たせたら、バッティングで勝てますよ」と。でも、その学校を見ると、壊れかけのマシン1台しかない。打撃投手は1年生で全然ストライクが入らない(笑)。打撃練習にもなりゃしないわけです。そうなると、手っ取り早く解決するにはカネだなと。
――現場の夢を次々と実現してくれるのが黒木監督なんですね。
要はやる気の問題ですよね。不満ばっかり言っていないで、そこに至るまでの自分なりの主張とか説得をするべき。ダメでもともとで動いてみるのは悪いことじゃないと思うんです。「バッティングマシンをもう1台欲しい」とはっきり言えば、まったく動かないわけではない。「1台寄付してやろう」という物好きな人がいないとも限らない。言わずに、「精神力や気持ちで乗り切ろう」なんていうのは、はっきり言ってその人の自己満足。自分が精神論を語るのは結構なことですが、それによって結果が出ないで悲しい思いをするのは子供たちですから。それを用意してやるのは大人の責任。本当に子供たちのことを思うなら、勝つために全力を尽くすのが監督だと思います。