大迫傑、見えない重圧破り日本記録樹立 シドニー五輪以来の決勝目指し、北京へ
1万メートルを避け、5000メートルに集中
昨年のアジア大会でも2位に入った1万メートルに対してこだわりがあるが、今回は5000メートルに専念。その決断が奏功した 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】
ジュリアンコーチは「スグルは1万メートルにこだわっていたから、5000メートルに絞ることに異論を唱えてきた。でも日本選手権で1万メートルを走って3位に入ったとしても、その後どこかで標準記録を狙わないといけない。そして北京でもまた走ることになる。わずか2カ月の間に、1万メートルを3本走るのは良くない」と付け加えていた。
結果的に、この決断は正しかった。日本選手権の翌日、日本陸上競技連盟はレース前に1万メートルの参加標準記録を突破していた3選手を代表に選んだ。大迫が3位以内に入っていたとしても、選ばれた可能性は低かっただろう。
指示通りの3位以内も優勝を狙っていた
日本選手権ではラスト1周でスパートをかけたが、最後の直線で失速。それでもジュリアンコーチは大迫の結果に満足していた 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】
コーチ陣からは確実に3位以内に入れという指示が出ていたが、大迫は「優勝を狙って走りました」というように、体調が万全ではなかったものの、持ち前の負けん気で走りきったという感じだった。
アシスタントコーチのジュリアン氏はレース後にこう話していた。
「きっちりと3位以内に入れたから、それでいいんだ。ラスト400メートルで出たのは、後ろにつけていた選手を振り払うために必要な動き。スグルはスローペースからのギアの切り替えがまだ弱い。でもスピードレースでずっと押していける力は(オレゴンの)ほかのメンバーと同じくらいあるよ」
隣にいたサラザールコーチもこう付け加えた。
「スグルはいつでも全力投球だし、われわれの要望に応えようとする。ケガもしないから、われわれも期待を持って育ててしまう。でも疲れた時は疲れたと言ってくれないと。そこが今後の課題だ」
2人とも愛弟子の成長がうれしくて仕方がないという表情をしていた。
「トラックでも戦えることを証明したい」
「歴代の偉大な選手の記録を更新できたことは、非常にうれしく思います。ですが、春先からの練習の内容からすると、(日本記録が)出てもおかしくないタイムだったので、タイムを出したという喜びよりも、次の大会に繋げられたら、という気持ちと、良いプロセスと良い結果がようやく結び付いてきたという気持ちの方が強かったです」
拠点を米国に移して練習、生活してきたが、見えないプレッシャーや緊張、疲れもあったことだろう。しかし日本記録の更新、そして世界選手権の切符を手に入れるという結果を出し、肩の荷が下りたのではないだろうか。
ジュリアンコーチはこうも言う。「もう少し長い目で見守ってほしい。ほかのメンバーも1年目はなかなか結果を出せなかった。日本の人たちはせっかちな気がする。スグルは今、基礎からコツコツと積み重ねている時期。花はきっと咲くから」
北京では挑戦者として5000メートルに出場する。目標は「決勝進出」。同種目の世界大会における日本人選手の成績は、00年シドニー五輪の高岡寿成(現カネボウ監督)が決勝進出を果たし15位に入って以来、誰も決勝すら進出できていない。
「トラックでも戦えることを証明したい」と大迫は以前こう口にしていた。
決勝進出は最低ラインの目標ととらえておこうと思う。おそらく大迫の視線の先はもっと高いところを目指しているはずだから。