羽生、真央らも経験した有望新人合宿とは 日本がフィギュア大国となった秘密に迫る

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合宿初日は恥ずかしがった選手たちも

 続いて陸上トレーニングを担当したのは酒井翔平氏。普段は関西を拠点に、フィギュアやサッカー、野球などをやっている子どもたちの身体的なトレーニングを専門に活動している。酒井氏は2年前からこの野辺山合宿で指導しており、今回が3回目の参加だ。

 酒井氏がこの合宿で重視したのは「ジャンプに使う筋肉と姿勢を意識させること」だったという。成長期を迎え、体ができてくるジュニアやシニアは、上半身を支える脚力(特に腿裏)やでん部(お尻)の筋肉が必要となってくる。この段階からそうした部分を鍛えることで、今後の成長を促していこうという狙いだ。

 一例を挙げると、体幹トレーニングでよく用いられるダイアゴナルバランス(四つん這いのような格好で片足はひざをつきながら、もう片方の足と一方の腕を前後に伸ばし、腕と足と頭が一直線になるようにする)を取り入れたり、軸を意識させながら1回転ジャンプを何度も跳ばせるトレーニングなどを行った。

陸上トレーニングでは、酒井翔平氏がダイアゴナルバランスなどを指導 【スポーツナビ】

 リズムと表現の練習では、合宿前にあらかじめ予習として与えられた振り付けと、曲に合わせて自らが考えた振り付けをミックスさせて踊るという課題が与えられた。指導したアマリーン・マリウスカさんはベネズエラ出身で、現在は都内でベリーダンスやサンバなどのインストラクターを務めている。体育館のステージ上で踊る選手たちに向けて「周りは関係ない。失敗しても集中することが大事」とげきを飛ばす。うまく曲と合わせることができず、動きが小さくなってしまう選手もいた。それでも合宿初日から比べると格段の進歩を遂げたという。

体育館のステージ上で曲に合わせて踊る選手たち 【スポーツナビ】

「今回教えるうえで一番大切にしていたのは表情と、ステップを最後までやり切るということです。今日で指導して3日目ですけど、最初の頃とはすごく変わっています。表情も楽しんでいるし、ステップにはっきりとアクセントをつけること、タメの作り方も上達しました。1日目はステップするだけとか、手を動かすだけとか、とても恥ずかしがっていました。今は体の動きが大きくなったし、自信が付いてきたのか変わってきましたね。慣れてきたんでしょう。他のことも考えられる余裕が出てきた。すごく上手になったと思います」

成功へのモデルケースに

 この野辺山合宿が始まった当初の目的はあくまで長野五輪を見据えた強化だった。しかし、その後も未来の金メダリストを育てるために継続され、最初の成果がトリノ五輪における荒川さんの快挙であった。そしてその成功はバンクーバー、ソチへと続いていく。

 いまや日本は世界でも有数のフィギュア大国となった。もちろん4日間という短期の合宿で劇的な進化を遂げるわけではない。だが、かつて世界の頂点に輝いた一流選手や各分野の専門家に指導を受けることは、今後の成長へ間違いなくプラスとなるはずだ。何より同年代の有力選手と切磋琢磨(せっさたくま)することで、自ずと意識やモチベーションは高まってくることだろう。

 現在、20年の東京五輪に向けて各競技団体がジュニア世代の育成に力を入れている。フィギュアスケートは先んじてこうした強化を行ってきており、今後は成功へのモデルケースとしての役割も期待される。小林部長は未来の展望についてこう語る。

「私たちは今の時代に合ったものをやっていかないといけないし、どんどん進化していかなければいけません。例えば身体能力を測定するにも、フィギュアに必要な部分にフォーカスしています。昔は跳躍だったり幅跳びだったりをしていましたが、今は5分間走、どれだけ持久力があるかを重視しています。

 また、現在はいろいろな情報が出ています。昔はリズムを取るのが難しかったんですが、今は誰でもできるし、ステップを曲調に合わせてどう表現していくか。合宿は4日間しかないので、ここでステップを教えていたら何も進まない。(事前に)予習映像を流して覚えてくるのが当たり前。この曲調ではこういう動きというのを先生にご指導いただき、ダンスでもアピールして点数を取れるようにしたいと思います」

時代とともに合宿内容も変化。リズムと表現の練習では、事前に予習映像を配信し、合宿ではより細かい指導をしている 【スポーツナビ】

 この合宿を経験した選手たちが、ジュニアの世代を脅かし、ジュニアがシニアの世代に迫っていく。昨年の全日本選手権では男女ともにジュニアの選手が表彰台に上がった。現在の日本フィギュア隆盛の時代は、長い年月をかけて築き上げてきた強化の循環をうまく回すことによって作られたものなのだ。

(取材・文:大橋護良/スポーツナビ)

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