トヨタがビーチバレー部を新設した狙い 期待される業界全体への相乗効果
新設したトヨタ自動車のビーチバレー部として戦う西堀(右)と溝江 【浦川一憲】
なぜ、ビーチバレーボールなのか
国際バレーボール連盟の加盟国が約220カ国あるうちの約150カ国ほどがビーチバレーボールに取り組み、その数は年々増加傾向にある。2012年のロンドン五輪では、街の中心部(バッキンガム宮殿そばホース・ガーズ・パレード)に1万5000人収容の仮設スタンドが立てられた。五輪競技の中でチケットの売れ行きが最も高く、“ドル箱”競技だと言われたほどだ。
しかし、日本では日本バレーボール協会が主催する国内競技大会への選手登録数はおよそ1000人。海浜コートだけではなく、内陸部コートも少しずつ増えてはいるものの、トップ選手たちへの支援基盤や環境面は未成熟だと言えるだろう。
日本にビーチバレーボールが上陸してからおよそ30年。発展途上の状態が続いている今、なぜトヨタはビーチバレーボール部を創部したのか。
トヨタの人事部スポーツ強化グループは、その経緯について述べる。
「若い世代のクルマ離れという課題に対して、世界的にも人気があるビーチバレーボールを通じた情報発信、コミュニケーションを図っていきたいというのが一つの理由でした。まだまだ日本では環境面が整っていませんが、今後は日本国内に強化の拠点を作り、チームワークを体現できる団体種目として、社員の一体感を高めていくという方針を掲げています」
創部に込められた意義
「競技環境がガラリと変わる」と、期待を語った西堀(左) 【写真は共同】
「来年のリオ五輪でも間違いなく人気競技となりますし、世界的な視点でグローバル企業のトヨタさんにビーチバレーボールの可能性を感じてもらえたのは、本当にうれしかったですね。これまで活動してきた中で、大会への協賛や選手個人のスポンサードをしていただける企業さんはありましたが、『チーム』を持っていただける企業さんはなかなか現れませんでした。『チーム』という基盤があることで、選手への声かけや発掘もしやすくなります。やはり生活面での保証がないと選手も安心できないですし、こちらも声もかけづらいので」
どんなに高い能力を持っている選手でも、競技に専念できる環境が整わなければ、ベストな状態で競技を続けていくのは難しい。それは現在、国内トップで活躍する選手たちも身を持って感じている。
今回、トヨタビーチバレーボール部に所属することになった西堀は、インドアバレーボールから転向した直後、アルバイトと並行しながらビーチバレーボールを続けてきた。
引退した浅尾美和とペアを組んでいた当時はマネジメント会社に所属していたが、ペア解散後はフリーの身で自ら企業に営業し、複数の会社からのスポンサードで海外遠征を行い、競技生活を維持してきた。
「まさか、あの『トヨタ』がビーチバレーボール部を作るなんて。自分では想像しなかったことなので、初めて聞いたときは本当に驚きました。これまでと競技環境がガラリと変わると思います」(西堀)
高校からビーチバレーボールを始め、大学時代から日本代表として海外を転戦していた溝江も、この状況を「転機」として噛みしめている。
「私たちだけではない。日本のビーチバレーボール界にとって大きな出来事だと思います。私たちが第1期生なので最初のメンバーとして結果を残していきたい。トヨタの一員として活動できることは、世界中どこで戦っていても応援してくださる方がいるということ。すごく心強いです」
日本のビーチバレーボール史において、一企業がビーチバレーボール部を保有するのは、97年愛媛県松山市で発足したダイキヒメッツ以来(女子部のみ、09年休部)。佐伯美香をはじめとする所属していた4選手をすべて五輪に送り込み、創世期時代の強化の基盤を築き上げた。
川合は、創部メンバーとして国内外で活躍するトップ選手たちを集めた理由についてこう述べる。
「世界の潮流を見ても、これからは大型選手をどんどん育てていかないといけない。白鳥、そして西堀と溝江がそれぞれ若手の大型選手と組めば、すぐにうまくなるし、もっともっとレベルアップも望めると思う。経験のある選手はコーチのようなもの、だからこそ経験値のある選手をそろえてスタートしようと思いました。今後は、新卒の選手を視野に入れてスカウトしていきます」