澤穂希「違う自分を知った」最後のW杯 女子サッカーのレジェンドが歩んだ軌跡

江橋よしのり

夢は見るものではなく、かなえるもの

五輪を含めて世界大会3回連続決勝進出。澤は「メダルを取る」という夢を実現させてきた 【写真:アフロ】

「メダルって、空港の金属探知機で鳴っちゃうのかな」

 取材中に彼女はつぶやいた。白い歯と、金色の鼻ピアスが、窓からの光をあびてキラッと光る。そういえばあの頃は、髪も今より少し明るい色をしていたかもしれない。

「鳴るんじゃないかな。だって金属だから」

「でも私、スーツケースに入れたくないんですよ。一旦手を離したら、もうそのまま戻ってこないんじゃないかって不安になりそう。だからメダルを取ったら、家に帰るまでずっと首から提げていたいんです」

 話を聞いているうちに、この人はいつか自分で確かめるんだろうなと思えてきた。「夢は見るものではなく、かなえるもの」。中学生の頃からその信念のもとに行動してきたという澤穂希なら、いつか本当に世界でメダルを取るんじゃないかと。

 その取材から数カ月後、日本女子代表は“なでしこジャパン”と呼ばれるようになり、2004年のアテネ五輪に出場。準々決勝で米国と対戦し、日本は前半に先制されながらも後半開始早々に追いついた。アジア予選から快進撃のなでしこが、王者米国相手にも奇跡を起こせるか。そう思わせたが、決勝点は米国。新世代のエース、アビー・ワンバックに奪われた。澤のメダルへの挑戦は次に持ち越された。

 08年、北京五輪でなでしこジャパンはチーム史上最高のベスト4に進出。いよいよ目標に掲げたメダルが手の届くところまで近づいた。大会後、澤は佐々木則夫監督からキャプテンに任命され、「メダルを狙うという気持ちだけではメダルに届かない。目標に掲げるなら世界一じゃないか」と問いかけられた。個人でも、米国の新リーグWPS(アメリカ女子プロサッカー)から国際ドラフト1位指名を受け、ワシントン・フリーダムに渡る。このワシントンで2年間、澤とワンバックはチームメートとしてともに日々を過ごしている。

なでしこに欠かせない存在

11年のW杯では得点王とMVPに輝くなど大活躍。日本を優勝に導いた 【写真:ロイター/アフロ】

 そして、澤は念願のメダルを11年に手に入れる。「世界一を懸けて米国と当たるなんて運命を感じます。早く試合がしたいです」と、決勝前日会見で思いを語った澤は、試合終了目前に自ら同点ゴールを決めて優勝を引き寄せた(2−2からのPK戦3−1で日本が勝利)。個人でも女子ワールドカップ(W杯)史上最年長ハットトリック(当時)、得点王、大会MVPに輝く活躍だった。翌年のロンドン五輪でも、再び米国と対戦(1−2で日本が敗れる)。今度は澤がワンバックをたたえた。

 前回大会の優勝から4年。舞台をカナダに移した15年のW杯でも、なでしこジャパンの中心に、やはり澤がいた。W杯6大会連続出場は、男女を通じて世界初。もはやなでしこジャパンの顔というだけでなく、女子サッカー界の生きるレジェンドとなった彼女を、各国メディアは連日大きく報じた。

 16歳からW杯の舞台に立ち、20歳で日本の10番を背負い、そのほとんどの試合でフル出場を続けて来た澤も、今大会のカメルーン戦と決勝トーナメントでは先発を外れた。W杯での先発落ちは、けがでドクターストップをかけられた95年米国戦以来、実に20年ぶりのことだ。それでも澤は「すべての瞬間を楽しみたい」と言う。「交代で出場する時、自分の名前が呼ばれた時のワクワク感、ドキドキ感も感じました」。そういう緊張感も澤にとっては新鮮な楽しみだ。

 この大会で澤に与えられた役割は、不動のレギュラーではなく、「試合を締めくくる選手」だ。なでしこジャパンがリードして終盤を迎えると、佐々木監督は澤をピッチに送り込む。彼女の名前が場内にコールされると、スタジアムは拍手に包まれ、彼女がボールにタッチするたびに歓声がこだまする。対戦相手にしてみれば、会場中が日本の味方をしているように感じられるだろう。やはり澤はなでしこジャパンに欠かせない存在だった。

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著者プロフィール

ライター、女子サッカー解説者、FIFA女子Players of the year投票ジャーナリスト。主な著作に『世界一のあきらめない心』(小学館)、『サッカーなら、どんな障がいも越えられる』(講談社)、『伝記 人見絹枝』(学研)、シリーズ小説『イナズマイレブン』『猫ピッチャー』(いずれも小学館)など。構成者として『佐々木則夫 なでしこ力』『澤穂希 夢をかなえる。』『安藤梢 KOZUEメソッド』も手がける。

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