国民に未来永劫語り継がれるチリの戴冠 コパ・アメリカで見せた危うさと狂気

中田徹

PKで雌雄を決した決勝戦

アルゼンチンをPK戦で下し、初のコパ・アメリカ優勝を果たしたチリ 【写真:ロイター/アフロ】

「史上最強」の呼び声の高かったチリが、狙い通りに地元開催のコパ・アメリカを制した。雌雄を決したのはPK戦。アルゼンチンのゴンサロ・イグアインとエベル・バネガが失敗したのに対し、チリは4人全員が成功して4−1にした。

 最後のキッカー、アレクシス・サンチェスはチリ国民の記憶にいつまでも残りそうな絶妙のキックを見せた。アルゼンチンのGKセルヒオ・ロメロはマティアス・フェルナンデス、アルトゥロ・ビダル、カルレス・アランギスのPKを止めることこそできなかったが、コースをすべて読んでいた。しかしサンチェスは緊張の面持ちとは裏腹に、ロメロが動くのを読んで冷静なチップキックのシュートをゴール中央に見事に決めた。

 これまでコパ・アメリカの優勝経験がないことがコンプレックスだったチリだが、とうとう南米サッカー連盟登録10カ国中8番目のタイトルホルダーとなった。

アルゼンチン相手に内容でも優勢

小柄なCBをあえて起用し、アルゼンチンを相手にも狙い通りのサッカーを展開したチリのサンパオリ監督 【写真:ロイター/アフロ】

 PK戦に持ち込まれたものの、120分間の試合内容では明らかに優勢だっただけに、チリにとっては胸を張っていい優勝だった。実は戦前の予想では「アルゼンチン優位」の声が多かった。グループリーグの初戦で2−2と引き分けたパラグアイに対し、準決勝では6−1と蹂躙(じゅうりん)したのだからアルゼンチンのインパクトは強かった。

 一方、チリは挑発行為によってウルグアイのエディンソン・カバーニを退場に追い込んだゴンサロ・ハラが出場停止処分を受けたが、ペルー戦では代役のホセ・ロハスが不満足な出来。また、代えのきかないエース、サンチェスがペルー戦でブレーキになり、調子を取り戻そうともがきながらプレーする姿に観客席から声援が起こったほどだった。

 ホルヘ・サンパオリ監督はMFマルセロ・ディアスをリベロとして起用した。ディアスはセンターバック(CB)のガリー・メデル、フランシスコ・シルバの間にポジションを取りながら、中盤にも積極的に顔を出し、パスの配給、中盤でのプレッシング、最終ラインでのマークやカバーリングなど幅広い働きをこなした。ディアスは166センチ、メデルは171センチ、シルバは178センチしかないが、それでもアルゼンチンの強力な攻撃陣を抑えた上で、正確なボール配給を見せるのだから素晴らしかった。

 サンパオリ監督いわく「もっと身長の高いCBを起用すれば空中戦で負けることも少なくなるが、逆に失うものも大きい」。今大会、圧巻のポゼッション率を誇ったチリのサッカーは、ハラ(178センチ)も含めた小兵CBのパスから始まっていた。

 地の利も明らかにあった。決勝戦前のこと、アルゼンチンがナショナル・スタジアムに着いた頃、チリはまだサッカー協会の合宿施設フアン・ピント・ドゥランの玄関でファンに出発のあいさつをしていた。そしてバスはファンが作った花道をゆっくりと走り始めたが、それでも十分余裕をもってスタジアムに着いた。それだけフアン・ピント・ドゥランの立地は良かった。

 開幕からの6試合すべてをナショナル・スタジアムで戦ったチリは、ファン・ピント・ドゥランから動くことなく快適に過ごせた。アルゼンチンはといえば、開幕2試合をラ・セレナ、3戦目、4戦目をビニャ・デル・マル、5戦目をコンセプシオンと北から南へ移動し、6戦目の決勝戦で初めてサンティアゴへやってきた。

 準決勝ではパラグアイが3人の交代枠を負傷者で使い切るというアクシデントがあったが、アルゼンチンもチリとの決勝戦でアンヘル・ディ・マリアをわずか29分で失った。終盤、鉄人ハビエル・マスチェラーノが足を引きずりながら歩くシーンは見ていて痛々しく、105分にはまさかの空振りからピンチを招いていた。

高い評価を得た“トータルフットボール”

チリの初優勝を祝う人々でサンティアゴの街中はあふれかえった 【写真:ロイター/アフロ】

 しかし、やはりチリが優勝した最大の要因は、彼らのサッカーコンテンツにあるだろう。オランダの専門誌『フットボール・インターナショナル』はグループステージ第3節でボリビアを5−0で下したチリのサッカーを“トータルフットボール”と表現。ファルソ・ヌエベ(偽のストライカー)、ホルヘ・バルディビアの浮き玉のラストパスから、CBのメデルが胸トラップからボレーで決めた4点目のゴールは特に高い評価を得た。

 縦に速く、しかもポゼッション率が高いパスワーク。ボールを失ったらアグレッシブに奪い返しに行く姿勢、頻繁なポジションチェンジなど、チリのサッカーはその後も『フットボール・インターナショナル』誌によって賞賛されているが、彼らの記事はちょっと過大表現のような気もする。

 今回のコパ・アメリカでは、幾つかの試合でチリの選手がサンパオリ監督の求めるサッカーを消化し切れていない時があった。とはいえ、彼らのサッカーには、時おり虜になりそうな色気がある。それが良い方に転ぶのか、悪い方に転ぶのか分からない、危うさと狂気もある。そこに惚れてしまいそうだ。

 表彰式は盛大な花火でフィナーレとなった。家から人が湧き出して、サンティアゴのイタリア広場に向かって歩き出している。車も中心街に向かって渋滞を作っている。今宵、チリの戴冠を祝うため、街は眠らない。いや、国中が眠らないだろう。狙いに行って奪った今回の初優勝は、未来永劫チリ国民の間で語り継がれるはずだ。
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著者プロフィール

1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

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