イビチャ・オシムが見る日本代表の現状 「選手は自信をもって振る舞うべきだ」

宇都宮徹壱

「日本は多くのことを成し得てきた」

同じボスニア出身で盟友でもある現日本代表監督ハリルホジッチについて、オシム氏は巧みに言及を避けていた 【宇都宮徹壱】

――先日のユーロ予選では、フェロー諸島がギリシャに勝利(2−1)するという番狂わせがありました。日本もW杯予選初戦で、シンガポールに0−0で引き分けてしまったんですが……。

 それは禁じられていることなのかね? 日本代表の情報は当然フォローしている。「日本の現状をどう考えるか?」という質問については「選手はもう少し普通に振る舞う必要がある」とだけ答えておこう。自分たちは世界で勝てない、というコンプレックスから脱却すること。まだまだ可能性を持ったサッカー大国としての自信をもって振る舞うべきだろう。

――ハリルホジッチ監督も「選手をもっと励ましたい」ということを言っていますね。

 日本はこれまでも、サッカー界で多くのことを成し得てきたし、それは今後も十分に可能だ。代表もJリーグも非常に素晴らしく組織されているし、多くの厳しい戦いを戦ってきた。日本の選手は真面目で、より良いプレーを心がけ、学習能力が高い。これは非常に重要なことだ。だから日本人は、もう少し自分たちを信じたほうがいい。そのためには、良い準備をして勝利することだ。「自分たちはできる」ということが分かれば、もっと楽になれるだろう。

――友人でもあるハリルホジッチ監督の仕事について、オシムさんはどうご覧になっていますか?

 それは私が言うべきことではないし、(現日本代表監督について)何かを語るのは正しいことではない。私に言えるのは、新しい代表監督を探すにあたり、JFA(日本サッカー協会)はとても良い情報を得ていた、ということだ。彼を監督に選んだ今となっては、彼を信じるまでだ。

――ボスニア・ヘルツェゴビナ出身の指導者はオシムさんに続いてハリルホジッチが2人目です。人口400万人足らずのボスニアから2人目というのは、決して偶然のようには思えません。

 誰を呼ぶのかは日本人が決めることで、私が決めることではない。ただ言えるのは、ボスニアには経済的な問題があり、(サッカーで成功する)チャンスがなかったということだ。ただしお金がないからといって、この国にサッカーを知っている指導者がいないというわけではない。まあ(ボスニアから2人目というのは)偶然だろう。私が日本行きを決意したのは、新しいことにチャレンジしたかったからだ。それまでにも、いくつかのことを成し遂げてきたが、日本でのチャレンジはまったく新しいものだったね。

「またベンチに座っている夢を見る」

「今でもベンチに座っている夢を見る」と語るオシム氏。その表情からは現場への痛切な未練が感じられる 【宇都宮徹壱】

――先ほど「日本人はもっと自信を持つべき」というお話をされていました。ブラジルW杯ではファンもメディアも、そして選手も自分たちの力を過信しすぎて手痛い目に遭うことになりました。自信と過信の峻別(しゅんべつ)というのは、なかなかに難しいことだと思います。

 選手たちをスター扱いするのは、われわれ(指導者)ではない。メディアが、テレビが、故意に選手をスター扱いして祭り上げる。まあ、それが彼らの仕事なんだろうが、そうしたプレッシャーに選手が耐えられるかどうかということは考えもしない。ジェフ(千葉)には、試合で良いプレーができないことを気にして、美容院で髪の色を変える選手がいた。それくらい繊細な選手もいるんだよ。だが、試合に負けることにナイーブになってしまっては、なかなか良いプレーはできない。

――負けることに対して、決してネガティブになるべきではないと。

 負けも勝ちも経験する必要がある。スポーツで生きていくことを受け入れたのであれば、自分よりもより強い、より優れた相手がいるという事実も受け入れなければならない。私は1964年の東京五輪に出場したが、メダルのプレッシャーにさいなまれて自ら死を選んだ日本のアスリートがいたことに衝撃を受けた(編注:マラソンの円谷幸吉のこと。東京五輪で銅メダルを獲得するも、メキシコ五輪が開催される68年1月に自殺)。「カミカゼ」になれるのは日本人をおいてほかにいないだろう。

――東京五輪といえば、5年後に東京で再び夏季五輪が開催されます。オシムさんにもぜひまた来日していただきたいです。

 ぜひそうしたいが(体調面のことを考えると)テレビで観ることになるだろうね。今でも時々、夢を見るんだ。健康を取り戻して、またベンチに座っている夢だ。(夢の中では)志半ばで断念した監督業を、もう一度やり直すんだと意気込んでいる……。(少し沈黙して)誰もが過ちを犯す。自分では「最高にうまくいっている」と思っていても、実はそうでなかったりする。だから常に、最悪の状況に備えなければならない。

(通訳:ジェキチ美穂)

※オシム氏には、7月13日(月)掲載予定の次回インタビューで当時自身が指揮した日本代表についても語ってもらっています。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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