J2に旋風を巻き起こす謙虚な男たち J2・J3漫遊記ツエーゲン金沢<前編>

宇都宮徹壱

4月と5月は無敗で乗り切る

長崎戦勝利に歓喜する金沢のサポーター。クラブの思わぬ躍進に表情もどこか夢心地だ 【宇都宮徹壱】

 久々に魂が震えるような試合に遭遇した。石川県西部緑地公園陸上競技場で行われたJ2リーグ第16節、ツエーゲン金沢対V・ファーレン長崎のゲームである。金沢のホームゲームを取材するのは2011年以来4年ぶり。当時のイメージが鮮明なので、何となくJFLのカードのようにも感じられるが、実のところ2位と5位のJ2上位対決である。キックオフ時間は19時。すでに3位のジュビロ磐田は引き分け、4位のジェフユナイテッド千葉は敗れるとの報が入っている。金沢が勝てば、磐田に2ポイント差を付けて2位をキープ。長崎が勝てば、千葉を抜いて4位に浮上する。両者とも負けられない一戦であった。

 長崎のシステムは3−4−2−1。これに対して金沢は、いつもの4−4−2から4−1−4−1に変更して臨んだ。ワイドに展開する相手に対し、中盤での人数を5枚に増やして対抗しようというのが、スカウティングを受けての森下仁之監督の判断だった。試合が始まってみると、ゲームを支配したのは長崎。スタメン11人中9人を180センチ以上の選手で固め、高さと球際の強さを前面に押し出しながら金沢を自陣にくぎ付けにする。0−0の均衡が破れたのは後半11分。FKのチャンスを得た金沢は、辻尾真二の精度のあるキックに作田裕次が頭で合わせ、これが待望の先制ゴールとなる。

 後半26分、金沢ベンチはFWの辻正男(この日は左MF)を下げて、DFの廣井友信を投入。「1点を守り切れ」という森下監督のメッセージであった。廣井はそのまま最終ラインの一角に収まり、金沢は5枚のディフェンスラインで相手の猛追を振り切ろうとする。対する長崎はパワープレーで同点に追いつくべく、何度もゴール前にロングボールを供給するが、そのたびに金沢の強固なブロックとGK原田欽庸の好セーブにはじき返される。永遠のようにも感じらた3分のアディショナルタイムをしのぎきり、ようやくタイムアップ。5試合ぶりの勝利が決まった瞬間、ピッチ上の選手だけでなく、ベンチでもスタッフと控えの選手たちが優勝したかのように喜びを爆発させていた。

 これで金沢は4月と5月は負けなしで2位を堅持。J2ルーキーとしては異例とも言える快進撃である。「選手たちに感謝しかないですね。大きなクラブが取りこぼししている中、ウチに負けがないのは、選手ひとりひとりが役割を持ちながら、ひとつのチームとしてまとまっているからだと思います。厳しい試合を経験しながら、そのたびに成長していると感じています」と語るのは森下監督。指揮官としては、いささか謙虚過ぎる発言のようにも感じられるが、おそらく本音だろう。今季のJ2に旋風を巻き起こしている金沢の躍進に、最も驚いているのは当事者たる彼ら自身なのかもしれない。

攻守のキーマンが考える快進撃の理由

今季、チームの得点源となっている主将の清原(7番)とディフェンスリーダーの太田(5番) 【宇都宮徹壱】

 今年3月の北陸新幹線開通に沸く、北信越随一の観光都市・金沢。ここを本拠とするのが、他県のサッカーファンからも昨今注目を集めつつあるツエーゲン金沢である。昨年、J3初代チャンピオンとなって話題となったが、J2ルーキーイヤーとなる今季は、第16節終了時で10勝6分け3敗の2位。2006年に設立された北信越リーグ所属のクラブが、10シーズン目にして磐田や千葉よりも上位をキープしているのだ。かつて、このクラブの設立当時を取材してきた者としては、まさに隔世の感を禁じ得ない。

 今回、久々に金沢を訪れようと思ったのは、この快進撃の背景にあるものを探るのが一番の目的である。すでに地元在住のサポーターからは、いくつかヒントとなりそうな証言を得ていた。いわく「謙虚さですかね。スター選手がいないけれど、それが良い方向に作用している」。いわく「継続性だと思います。去年からやっていることをブレずに続けながら肉付けをしている感じ」。では当の選手たちは、どう考えているのだろうか。

 最初に語ってもらったのは、チーム最年長の32歳でディフェンスリーダー、太田康介。金沢の堅守について、太田は昨シーズンのある試合が契機となったと振り返る。

「去年、ガイナーレ鳥取にアウェーで4失点した試合があったんです(第20節、スコアは2−4)。今までどおりやっていたつもりでも、ひとつひとつの寄せが甘かったり、ボールの失い方が悪かったり。守備をメインにやっているのに、これじゃあダメだということで、選手のほうが危機意識を抱きましたね。あの試合がきっかけになって、自分たちがやってきたことを見つめ直し、細かい修正をした上でさらに積み上げていくことを心がけました。結果として、あれから3点以上の失点はなくなりましたね」

 では、攻撃面についてはどうだろう。話を聞いたのは、キャプテンで第19節終了時点でゴールランキング2位(10得点)の清原翔平。清原は4月のJ2月間MVPにも選出されている。

「攻撃面では、けっこう自由にやらせてくれていますね。(監督から)要求されているのは、カウンターの精度、守備から攻撃に切り替わったところでの速さと強さ、そして得点チャンスが得られる場所にいち早く走り込むことですね。自分はフィジカルでは劣るので、相手につかまらない動きとか、相手より先にボールに触れることを心掛けています」

 両選手の発言から読み取れるのは、基本的な約束事さえ外さなければ、一定以上の自由を選手に与えているということ。守備重視のチームだから、もっとガチガチの戦術を当てはめているのかと思ったが、どうもそうではなさそうだ。余談ながら太田は、埼玉SC、ザスパ草津(現ザスパクサツ群馬)、横河武蔵野FC、町田ゼルビアを渡り歩き、町田に移籍するまでは働きながらプレーを続けていた。一方の清原は、SAGAWA SHIGA FCの社員選手だったが、チームの活動停止を受けて、13年にプレーの場を求めて金沢に加入。どちらも「J2でやれること」に大きな喜びと意気を感じながらプレーしている。こうした経歴の選手が多いのも、このチームの特徴である。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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