J2に旋風を巻き起こす謙虚な男たち J2・J3漫遊記ツエーゲン金沢<前編>

宇都宮徹壱

躍進を陰で支える地元出身のトレーナー

躍進を陰で支えているトレーナーの香城。群馬での10年間の経験を金沢で生かしている 【宇都宮徹壱】

 今季の金沢の好調を支えている要因で、見逃せないのが「けが人の少なさ」である。得点源の清原、太田と作田のセンターバックコンビ、GKの原田、そして守備的MFの秋葉勝と山藤健太といった主力選手は、いずれもここまで連続スタメン出場。しかも清原と作田以外は、全員がフル出場である。リーグ戦3分の1を終えて主力の離脱がないのは、今季からトレーナーに就任した香城洋平の手腕に負うところが大きい。

 香城は地元白山市出身の37歳。県内の名門、星稜高校サッカー部の出身だが、けががきっかけでトレーナーへの転身を決意。鍼灸師の国家資格を取得し、母校の星稜でトレーナーとしてのキャリアをスタートさせる。のちに日本代表となる本田圭佑や豊田陽平とは、この時に出会った。「豊田は、当時からとんでもない身体能力でしたね。持って生まれた能力だけで、そのままプロになれるだろうと思っていました。逆に圭佑については、あれほどの選手になるとは想像できませんでした。ただ当時から、自分の目標に向かって努力し続ける、ひたすらストイックな感じでしたね」とは当人の弁。

 その後、北陸大学を経て、香城はザスパ草津(当時)のトレーナーとなる。ここで10シーズンを過ごすことになるのだが、当人によれば「いつかは故郷のクラブで仕事がしたい」という思いがあったという。「だから昨シーズンは群馬の仕事をする一方で、金沢のJ3での戦いも毎試合チェックしていました」。かくして故郷のクラブが晴れてJ2に昇格したのを期に、10年ぶりに里帰りすることとなった香城。とはいえ、さまざまな経験を積ませてくれた群馬には、今でも深く恩義を感じている。

「僕が10年前にザスパに来たときの状況が、今の金沢にかなり似ていたんですよね。ですからすんなり入っていけたし、自分が経験したことも落とし込みやすい。こっちに来て、選手のリラックスルーム設置を最初に要望したのも、ザスパ時代の経験があったからです。身体のケアだけでなく、単に雑談したりとか愚痴を聞いたりするだけでも、選手のストレスを取り除くことができるんですよね。すぐにクラブが対応してくれて有難かったです」

 このリラックスルームについては、選手の間でも極めて好評のようだ。だが香城のメインの仕事は、選手のコンディションを迅速に見極め、的確なケアを施すこと。そして客観的な判断を、指揮官にはっきりと伝えることだ。当人いわく「フィジカル面でもメンタル面でも、仕草や言動を注意深く観察していれば、すぐにおかしいと分かります」とのこと。しかし同時に「本人を傷つけてはいけないので、監督への伝え方には神経を使います」とも。その上で香城は、金沢にはまだまだ足りていないことも少なくないと指摘する。

「まず食事。これに関しては、今年はかなり言わせてもらっています。これまで軽食はおにぎりだけだったんですけど、今年からパスタとかキムチとか肉とか、炭水化物だけでなくタンパク質やビタミンも摂取できるようにしました。今後はトレーナーの数をもう少し増やしてほしいですね。今は僕を含めて2人ですが、金沢が他のクラブを追い抜くためには、マッサージやリハビリの専門家も絶対にいたほうがいいと思います」

選手を入れ替えない森下監督のこだわり

チームを率いて4年目の森下監督。対話を重視する指導方針は選手の間でも評価が高い 【宇都宮徹壱】

 金沢の森下監督は、今季で4年目の47歳。これまでコンサドーレ札幌、磐田で育成畑を渡り歩き、アビスパ福岡でトップチームのヘッドコーチと強化部長を経験。12年に初めて金沢でトップチームを率いることとなった。とはいえ、この人の手腕に関しては、サポーターも当初は懐疑的であった。無理もないだろう。1年目はJFLで17チーム中14位。2年目は18チーム中7位。ところが舞台をJ3に移して臨んだ3年目は、12チーム中1位で見事にJ2昇格を果たした。この間、何があったのか。

「1年目はJFLの実力も自分たちの戦力も分からなかった。だから他のチームどうこうでなく、自分たちのやりたいサッカーで戦おうと思ったんです。当時はポゼッション主体で、攻撃的にやりながら守備はコンパクトに高い位置で、というサッカーをやっていました。3年目はJ3になったので、初めて結果重視のサッカーに方向転換しました。ただ、決して本意ではなかっただけに、勝ちながらも葛藤する日々でしたね」

 このJ3時代に確立されたサッカーが「3ラインをコンパクトに保ちながら、守備では10人でブロックを作る」サッカーである。ただし、常に最終ラインを高くしているわけではなく、状況によっては「全体が下がってもよし」としている。その代わり、チャンスとなればすぐに前に出ていけることが条件。また、守備ブロックに関しては「ただブロックを組むのでなく、相手の状況を認識して、みんなで連動してカバーし合うように」(太田)心がけているという。ちなみに森下は、選手に対して頭ごなしに指示するのではなく、「オレはこう考えるんだけど、どう思う?」と、あくまで対話を重視しているのだそうだ。

 森下のチーム作りでもうひとつ特徴的だったのが、初めてJ2に昇格したにもかかわらず、選手の入れ替えをほとんど行わなかったことである。新加入は6名。そのうち2名は期限付き移籍である。もちろん予算的な制約もあっただろうが、実は指揮官自身の考えも色濃く反映されている。

「いくらカテゴリーが上がったからといって、昇格に貢献した選手を切って新しい選手を入れるというのは、やりたくなかったんです。選手を入れ替えてしまうと何の積み重ねもできないし、頑張ってきた選手にも恩恵がない。もちろんJ3とJ2とではレベルが違う。だからこそ、少しでも長くここでプレーできるように、みんな頑張ってくれています」

 今回の取材で、選手、スタッフ、監督、それぞれに共通した質問を投げかけてみた。「今季の目標は何ですか?」──答えは全員が「J2残留」。いくら上位争いをしているとはいえ、彼らは誰一人として舞い上がることなく、しっかりと自分たちの足元を見つめている。金沢の今季の強さは、存外、こうした謙虚さと実直さに支えられているのかもしれない。

<後編につづく。文中敬称略>

(協力:Jリーグ)

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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