Jリーグが取り入れた軍事技術 革命の鍵、トラッキングシステムとは!?

清水英斗

医療とトラッキングデータの融合も

天才的なコンディション観察眼を持っていたオシム元日本代表監督。データ活用により、オシム監督のような『名将』が数多く生まれる可能性も 【写真:アフロスポーツ】

 このシステムは、Jリーグにさまざまな効果をもたらすことが期待される。

 一つは競技力の向上だ。データスタジアム株式会社の斉藤浩司氏は、実際に導入したJクラブの反応を次のように語る。

「このデータを重要視する人、あまりしない人に分かれていて、運動量や走りの質を気にする監督は、かなり数字を見て、それを練習で選手にフィードバックするなど、細かく生かしていると聞いています。

 あとは『コンディショニングに生かせるのではないか』という声もあって、クラブでは定期的に血液などから疲労度をチェックしていると思いますが、それと試合の運動量を付け合わせることで、この選手が疲れているから次の試合で使うのをやめようとか、練習内容を変えようとか、そういう使い方も聞いています」

 なるほど。医学的な疲労度のデータと、走行距離のデータを付け合わせれば、さまざまな分析が可能になりそうだ。例えば前者で疲労の濃さが明らかになったにもかかわらず、高い走行距離をはじき出した選手がいれば、身体的に無理をしている可能性がある。けがをする前に、練習を休ませる判断をした方がいいかもしれない。

 逆に前者が良い数値にもかかわらず、走行距離が上がらない選手は、単純にサボっているのか、あるいは何かメンタルに問題を抱えているのか。そのような問題点の切り分けをデータがサポートしてくれる。

 かつてジェフユナイテッド千葉や日本代表で監督を務めたイビチャ・オシムは、その日の気温や天候、さらに選手の表情を見ながら、練習メニューをその場で変更したそうだ。選手がどんな状態にあるのか、疲れているのか、無理をしているのか、何か悩みを抱えているのか、オシムは「選手の顔を見れば分かる」と言ったらしいが、それはベテランの指導者としての経験と、天才的な観察力があればこその業だろう。

 そんな芸当が誰にでもできるとは限らないが、しかし、そのコンディションの観察眼について、データ活用で補うことができるなら、“名将”の定義が広がる。天才ではなくとも、天才に並ぶ指導ができるチャンスを与えてくれるのではないか。

 現在のところ、試合中のベンチに映像モニター等、試合の映像を見ることができる通信機器を持ち込むことは認められていないが、今後は練習中やハーフタイムのロッカールームで、タブレット端末を片手に、データ分析を用いた指導や采配を突き詰める指揮官が現れても不思議はない。

活躍の場は競技力向上のみならず

Jリーグ公式サイトで公開されている「LIVEトラッキング」の模様。今後もデータ活用の場はますます広がっていく 【写真提供:データスタジアム】

 このトラッキングデータについて、競技力向上のほかに、もう一つ期待されているのが、サッカーファンの楽しみ方を増やすことだ。

 日本代表に招集された宇佐美貴史が、ガンバ大阪の試合でも運動量やスプリント数が激増したニュースはすでに大きく広まったが、このようなムーヴメントのきっかけとして、データはどこまで活躍できるのか。

 ファン向けのアウトプットについては、われわれメディアも含めてまだまだこれからという印象は拭えない。実際のところ、今はまだJリーグという名のレストランに、データという食材が仕入れられただけの状態だ。食材をそのまま生で食べるファンはいない。柔らかく煮込んだり、細かく刻んだり、データをうまく料理してファンに提供できる、腕の良い料理人の存在がこれからのキーポイントになるだろう。

 今後の技術的な展開について、データスタジアムの斉藤氏は次のように語ってくれた。
「従来のボールタッチベースのデータ(パス数など)との組み合わせで分かることもあるので、それを見て行きたいと思っています。また、トラッキングデータも単なる合計ではなく、例えば守備のときに走らされているのか、攻撃のときに走っているのか。あるいはスプリントも、相手ゴールに向かってスプリントしているのか、それとも自陣へ戻るときにスプリントしているのか。他にも選手間の距離とか、FWとディフェンスラインの距離がどれくらいか、など。

 座標データは取っているので、そういったデータを出すのは可能ですが、ただ、今はそのためのアウトプットが一部でしかない状況です。まずはそれを出していく状態を整えるのが目先の課題になると思います。出力するためのロジックを作って、それをどう見せるのか。数字で見せるのか、グラフィカルに見せるのか。まさにそういうものの開発を進めているところです」

 また、今のところトラッキングデータは明治安田J1での計測に留まっているが、今後はさらに広がる可能性もある。Jリーグメディアプロモーションの前田氏は、次のように示唆する。

「まずは明治安田J1全試合ということで始めましたが、Jリーグヤマザキナビスコカップ、明治安田J2、ACL(AFCチャンピオンズリーグ)なども含めて、今後データを取っていく可能性はあります。今年から始めたものなので、統計的にはサンプルが溜まっていけばいくほど、可能性が広がると思います」

 ヤマザキナビスコカップでも走行距離やスプリントが計測できれば、リーグ戦のレギュラーをねらう選手にとっては大きなモチベーションになる。ACLでも計測ができれば、昨今にアジアで勝てなくなってきた現状について、印象論ではなく客観性のある分析が可能になる。

 Jリーグにデータ革命は起こるのか。その鍵は、人が握っている。

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著者プロフィール

1979年12月1日生まれ、岐阜県下呂市出身。プレーヤー目線で試合の深みを切り取るサッカーライター。著書は「欧州サッカー 名将の戦術事典」「サッカーは監督で決まる リーダーたちの統率術」「サッカー観戦力 プロでも見落とすワンランク上の視点」など。現在も週に1回はボールを蹴っており、海外取材では現地の人たちとサッカーを通じて触れ合うのが楽しみとなっている。

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