チームバランスの中で変わった本田の仕事 追求するプレースタイルから逆行する役割

片野道郎

様変わりしたミランの状況

首位ユベントス戦にフル出場した本田(右)。この試合で与えられた役割はアジアカップ前とは異なるものだった 【Getty Images】

 アジアカップで1カ月間ミラノを留守にして帰ってきた本田圭祐は、ミランの変わりように驚いたに違いない。

 12月にセリエA第15節でナポリを2−0で下し、第16節ではローマから善戦の末0−0の引き分けをもぎ取ってウィンターブレイクに入った時には、順位こそ7位ながら、最大の目標である3位(=チャンピオンズリーグのプレーオフ出場権)まで勝ち点2差。年末には、まったく戦力にならなかったフェルナンド・トーレスと交換で、左利きの快足ドリブラー、アレッシオ・チェルチをアトレティコ・マドリーから獲得。年明けからのさらなる躍進に向けて大きな期待が高まっていたものだった。

 ところが年が明けてみれば、本田が不在だった1月のリーグ戦4試合で1勝もできず、積み上げた勝ち点はわずかに1(1分3敗)。順位は一気に2桁まで急降下し、フィリッポ・インザーギ監督の解任説まで飛び出すという深刻な不振に直面する。

 この失速ぶりに慌てたクラブ首脳は、冬の移籍市場が閉まる間際になって、ローマからイタリア代表FWマッティア・デストロを引き抜き、最終ラインにも3人のイタリア人DF(サルバトーレ・ボッケッティ、ルカ・アントネッリ、ガブリエル・パレッタ)を補強するなど、チームに大きく手を加える荒療治を施した。

 デストロは、ローマでこそフランチェスコ・トッティの影に隠れて十分な出場機会を得られなかったが、イタリアの若手ストライカーの中では最も将来が嘱望されている逸材の1人。インザーギ監督も、デストロ、そしてチェルチという攻撃の新戦力を最大限に活用すべく、システムを従来の4−3−3から、前線に4人のアタッカーを同時起用する、実質4−2−4に近い4−4−2に変更。チームの重心を高くしてより攻撃的に振る舞うという、新たな方向性を打ち出してきた。

左サイドでプレーした前節のパルマ戦

 たった1カ月の間に内外の空気が一変し、チームには新しい顔がいくつも加わって、システムや戦術も変わっている。それに適応するのは決して簡単なことではないだろう。しかし、そうした変化の中にあっても、与えられた役割の中で自らの力を発揮しチームに貢献する存在であり続けなければ、プレーヤーとして成長し前に進んで行くことはできない。その意味でも、新しいシステムと戦術の中で本田がどのような役割と機能を担うことになるのか、そしてそれにどのように応えるのかは、大いに注目されるところだった。
 
 本田にとって復帰第1戦となった現地時間2月1日に行われた前節パルマ戦の布陣は、2トップにデストロとジェレミ・メネス、両翼に本田、チェルチを配した4−4−2。本田はこれまでと同じ右ウイングとしてスタートしたが、前半途中からチェルチとポジションを入れ替え、試合の大半を左サイドでプレーした。

 インザーギ監督はこの采配について、「右サイドを起点に左足でボールを操って中に入って行くドリブル突破を最大の武器にしているチェルチをより生かすことが狙いだった」と試合後にコメントしている。

 事実、右サイドに回ってからのチェルチは、持ち前のスピードを生かしたドリブルで再三チャンスを演出、メネスのゴールをアシストするなど主役級の働きを見せた。一方、慣れない左サイドに回った本田は、自らが攻撃に絡むこと以上に、チーム全体のバランスを崩さないよう意識したポジションを取りながら、攻撃だけでなく守備でもしっかりとチームを支えるという、脇役的なパフォーマンスに終始した。

 デストロ、メネス、チェルチ、本田という「前4人」の中では最もMF的なプレースタイルを持ち、また守備意識も高いだけに(逆に言えば他の3人の守備意識は「それなり」でしかないだけに)、攻守のバランスを意識して前線への進出を自制する時間帯がどうしても増える、という印象だった。

 試合は、メネスが2得点1アシストの活躍を見せ、3−1でナポリ戦以来6試合ぶりの勝利。とはいえ、最下位のパルマが相手ということもあり、これで不振脱出と言うにはまだ早過ぎる、むしろ真価が問われるのはこれから、という見方が強かった。

変則的な布陣で与えられた役割

2トップの一角に入りながら、本田はピルロ(左)をマークし続けた 【Getty Images】

 そうして迎えた第22節のユベントス戦。クラブとしての格や伝統はともかく、現時点での戦力とチーム状況を見れば力の差は明らかだけに、インザーギ監督がどんなアプローチでこの試合に臨むのかに注目が集まった。

 ただしこの日のミランは、前節イエローカードをもらったデストロが累積警告で出場停止、ジャコモ・ボナヴェントゥーラが風邪で体調不良という苦しい状況。インザーギがピッチに送り出したのは、4−4−2という基本的な枠組みを維持しながらも、前節と同じくチェルチを右ウイングに置く一方で、左ウイングには純粋なMFであるサリー・ムンタリを起用、前線にはメネスに加えて本田を起用するという、ややエキセントリックな布陣だった。

 とはいえ、これが単なる苦し紛れのやり繰りの結果だったかといえば、決してそうではない。それは、ジャンパオロ・パッツィーニという純粋なFWをベンチに置いて本田を2トップの一角に起用したことからも明らかだった。興味深かったのは、2トップの一角といっても、最前線で敵のセンターバックと駆け引きをするのではなく、いわゆるトップ下に近いやや下がり目の位置、敵の2ライン(DFとMF)の間にポジションを取ってプレーしていたことだ。

 このポジショニングの狙いがどこにあるのかは、試合が始まって間もなく明らかになった。ユベントスがボールを持った時に、本田はほぼマンツーマンに近い形で相手のキーマンである司令塔アンドレア・ピルロをマークし続けたからだ。

 マークとは言ってもぴったり貼り付いてボールを奪おうとするわけではなく、一定の距離を取りつつもボールと相手の間に入ってパスを受けさせず、相手がボールを持った時には次のパスコースを切るという形で、相手に有効なプレーをさせない、いわゆる「フィルターをかける」というやり方だ。本田がフィルターをかけ続けたおかげで、ピルロは中盤の底からゲームを組み立てるいつものプレーができず、ユベントスの組み立ては普段と比べて明らかにスムーズさを欠いていた。

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著者プロフィール

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。2017年末の『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)に続き、この6月に新刊『モダンサッカーの教科書』(レナート・バルディとの共著/ソル・メディア)が発売。

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