選手の自主性に任せたアギーレ流の功罪 アジアカップで見えたチーム作り

河治良幸

「成熟した選手たちの判断を奪いたくない」

「成熟した選手たちの判断を奪いたくない」というのがアギーレ監督の方針。ベースはあっても型にはまらないチームを構築した 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 アギーレ監督は練習からハイテンションで選手を鼓舞し、良いプレーにも悪いプレーにも大きなジェスチャーで声を張り上げる。テンポが遅い時に「バババババッ」と発して速めるのはパス練習の風物詩ともなっている。大会中は非公開が多くなったが、酒井が「刺激を与えてくれる」と語るように、選手たちは監督のテンションに引っ張られる形でプレーを高めていった。

 食事をそろって取るなどの規律はあるが、ミーティングは基本的に当日の移動前で、相手のビデオを見せるのも基本的にはその時だけ。ただ、リラックスルームには対戦相手の過去数試合のビデオが置いてあり、各自でチェックし、質問があれば監督やスタッフに聞くことができる。そうしたところから選手の自主性をうながし、ベースはあっても型にはまらないチームを構築した。

 また選手たちにはタイミング良く声をかけ、やる気をうながすなど、人間味のある接し方でチームを盛り上げた。UAE戦の前日会見では同席した長友佑都が質問の回答に詰まった時、先に「佑都は戦うことができる力強い選手であり、他の選手たちに愛され、敬意を払われている。右でも左でもリズムを作り、意欲も見せ、それは他の選手にも伝染していく。明るい性格がグループに勇気を与えていると思う」と答え、静まり返った場の空気を回復した。

 締めるところは締め、盛り上げるところは盛り上げる。そして、フォローするところはフォローする。そうしたアギーレ監督のマネジメント力はプレーにも好影響を与えたと言える。攻撃も守備もアギーレ監督が繰り返し強調するベースの部分を崩すこと無く、対戦相手の攻め口、守り口や試合展開に応じた状況判断を選手がしていく。「成熟した選手たちの判断を奪いたくない」という指揮官の方針はしっかりパフォーマンスになって表れていたのだ。

ゴール前で人が待っている状態

ゴール前で人が待っている状態が続き、守備側のポジションは崩れていなかった 【写真:ロイター/アフロ】

 グループリーグで対戦した3カ国より、UAEが日本を研究し、対策がはまったことは苦戦の要因だが、ノックアウトステージの初戦となる準々決勝が、グループリーグより厳しい試合になるのは予想できたことだ。そこで勝ちきれなかったのは日本側にも大きな問題がある。

 守備を固めるUAEに対しても手前でボールを回すだけでなく、縦にボールを入れてチャンスを作っていたし、そこから積極的にクロスやシュートも狙っていた。その中でも途中出場の武藤嘉紀と豊田陽平が放ったヘディングシュートは相手を完全に崩しており、決めるべきシチュエーションだったことは確かだ。

 しかし、高い位置で起点を作ったところから、ボールを持っていない選手の動きが少なく、ゴール前に選手が入って行く動きにそれまでの迫力がない。ザッケローニ監督時代に見られたように、ゴール前で人が待っている状態になっていた。つまり多くのシュート場面において相手の守備の要となるGKとCBのポジションは崩れておらず、よほどのシュートでなければ得点にならない場面だった。

メンバーを固定した戦い方になった訳

状況判断を選手に委ねるため、送り出す選手は信頼に足る選手である必要があった。それが選択の幅を狭めてしまった向きはある 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 そうした現象の原因が疲労にあったことを多くの選手が否定する。選手の立場としては当然だが、理論的に移動も挟む厳しい環境の中、4試合すべてでスタメンを固定するという選択は定石とは言いがたい。韓国は風邪やけがの影響もあるとはいえ、5試合目までに第3GKのチャン・ソンリョンを除く22人が出場している。

 その韓国に準々決勝で敗れたウズベキスタンは突破が決まっていないにも関わらず、3試合目で3人の主力を温存してサウジアラビアに勝利した。イラクやオーストラリアもしかりで、総力戦になることを当初から想定した起用法で戦いながら、グループリーグを突破したのだ。特に韓国はウリ・シュティーリケ監督が昨年9月から就任し、日本代表より短い準備期間の中でここまでチームを作ってきており、日本にとっても言い訳材料にはしにくい。

 UAE戦の前日会見で「今は疲労が残っているが、当日には100%に持っていける」と語ったアギーレ監督も、90分、120分を戦う中で少なからず疲労が出てくることは想定できたこと。4試合目になって、いきなり固定していたメンバーをガラッと替えるのは難しい判断だが、やはり3試合目のヨルダン戦で主力の3、4人を変更し、途中で3人を下げるといった形で一息入れるべきではなかったか。

 しかし、コンビネーション以上にアギーレ監督の判断を難しくしていたのが、“成熟した選手の判断力”を勝負の生命線としている点だ。試合の中での状況判断を選手に委ねる以上、その信頼に足る選手である必要がある。そうした部分のウエイトが強くなりすぎた分、韓国代表のシュティーリケ監督などに比べ、選択の幅を狭めてしまった向きはある。

選手交代から見えた明確な意図と序列

武藤には縦の仕掛けを求めるなど選手起用の意図は明確だった 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 選手交代の意図は非常に明快だが、言い換えれば分かりやすい交代とも言える。武藤なら縦の仕掛けを増やしてゴール前に飛び出し、豊田であれば前線でターゲットになるなど、選手の用途はかなりはっきりしている。武藤によれば、送り出す時の指示も「積極的に仕掛けていくこと」など極めてシンプルだった。

 UAE戦でも豊田と武藤が決定的なシュートを放ち、柴崎岳が同点ゴールを決めるなど、それなりに効果は発揮した。だが先発メンバーと同様、そこにローテーション的な意図は薄く、起用されないまま大会を終えたフィールドプレーヤーが5人もいた。その1人である小林悠は「監督はサブにも声をかけてくれて、いつでも見てくれている」と語っていたが、明確な序列が彼らの出場チャンスを阻んだことは間違いない。

 その遠因を探ると、アギーレ監督が“アジアカップのテスト”と断言し、多くの新戦力をテストした10月のブラジル戦での惨敗(0−4)に行きつく。そこで結果を出せなかった選手たちの成長を加味して、23人で大会を戦えるチームを、限られた準備期間の中でも目指してほしかったと考えている。

 引き続き指揮を取ることが決定的になったアギーレ監督だが、今後は再び若い選手やフレッシュな選手を積極的にテストしていく方針だという。しばらく大きな試合は無く、アジアカップを逃したことでコンフェデレーションズカップの出場権も得られなかったが、軸になる戦術をしっかり植え付けながら、いざという戦いで選手層を強みにできるチーム作りをしていってほしい。

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著者プロフィール

セガ『WCCF』の開発に携わり、手がけた選手カード は1万枚を超える。創刊にも関わったサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』で現在は日本代表を担当。チーム戦術やプレー分析を得意と しており、その対象は海外サッカーから日本の育成年代まで幅広い。「タグマ!」にてWEBマガジン『サッカーの羅針盤』を展開中。

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