「歴史的勝利」を果たした中国代表 日々是亜州杯2015(1月14日)

宇都宮徹壱

04年のアジアカップを想起させる光景

ちょっと旧正月には早いけれど、会場には中国の獅子舞も登場してサポーターを喜ばせていた 【宇都宮徹壱】

 大会6日目。この日はグループBの2試合、北朝鮮対サウジアラビアがメルボルンで、中国対ウズベキスタンがブリスベンで開催される。大会序盤は連日のように移動が続いていたが、ブリスベンでは16日の日本対イラクを含めて3試合を観戦できるので、当地には4泊滞在することになる。さて、今回はシドニーから空路で向かったわけだが、チケットに書かれたタイムスケジュールを見て、ふいにある疑問が生じた。シドニー発が10:05、ブリスベン着が10:35──。おかしい。シドニーからブリスベンへは1時間半のフライトのはずだ。時差があるのだろうか? 調べてみると、シドニーは東経151度12分、ブリスベンは東経153度1分。時差が生じるほど経度は離れていない。では、この1時間のロスは、いったい何に起因するのだろうか。

 種明かしは「サマータイム」である。シドニーがあるニューサウスウェールズ州はサマータイムを採用しているが、ブリスベンがあるクイーンズランド州は採用していない。よって夏の間は、シドニーとブリスベンの間に1時間の差が生じるのである(南半球のオーストラリアは、今年は14年10月4日から15年4月5日がサマータイム)。ちなみに西オーストラリア州とノーザンテリトリー準州もサマータイムは採用していない。もともと国内に時差がある上(3つの時間帯がある)、さらにサマータイムを採用している州としていない州があるわけで、果たしてオーストラリアの人々は混乱することはないのだろうか。それとも国土が広大すぎて、他の州のことを考える必要がないのだろうか。

 キックオフ2時間前に、ブリスベン・スタジアムに到着。ある程度は予想していたが、周辺は中国人サポーターで埋め尽くされていた。ほぼ全員が、胸に「中国加油(ジャー・ユウ=「がんばれ」の意味)と書かれた赤いTシャツを着ている。彼らの大半は、シドニーを中心としたオーストラリア各地で暮らす華僑であろう。昨日(13日)にシドニーのスタジアム・オーストラリアで見たサッカールー(オーストラリア代表の愛称)のサポーターの数もすごかったが、これほど多くの中国人を国外のスタジアムで見るのは、何とも不思議な気分である。試合開始直線には、スタンドは真っ赤に染められ、ほぼ中国のホーム状態。私が座っていた記者席も、前後左右が中国の記者で占められていて、何となく04年に中国で開催されたアジアカップを想起させた。

アンラッキーな前半、そして怒とうの後半

先制を許しながら、後半の2ゴールで逆転勝ち。中国は2連勝でグループリーグ突破を決めた 【宇都宮徹壱】

 会場全体の「加油!」の声援に押されて、中国は序盤から積極的に仕掛けていく。ともに初戦に勝利し、できればこの試合でグループリーグ突破を決めたい両チーム。戦前はウズベキスタンが有利かと思われたが、あまりのアウェー状態ぶりに彼らの動きが硬い。それでも20分を過ぎると、ヨーロッパの香りを感じさせるパス交換を随所で見せるようになり、次第に相手陣内でのプレー時間が長くなっていく。

 試合が動いたのは前半23分。中盤でボールを受けたオディル・アフメドフが、相手DFのウー・シーを鋭い切り返しで揺さぶってからシュート。これにウー・シーが必死で足を伸ばしてカットを試みるも、ボールは彼の足に当たってコースを変え、ループシュートとなって中国ゴールへと吸い込まれていく。アンラッキーな失点を喫した中国は、その後はワントップのガオ・リンの頭を目掛けてクロスを繰り返すも、なかなかタイミングが合わない。前半終了間際にも左サイドから絶妙なクロスが上がったが、GKイグナティー・ネステロフの好判断に阻まれてしまった。前半は、わずか2本しかシュートを打たせてもらえなかったウズベキスタンの1点リードで終了。

 後半も一進一退の攻防が続く中、時間の経過とともに中国がペースをつかんでいく。後半9分、左からのクロスがGKネステロフの頭上を越え、こぼれ球を右サイドに流れていたガオ・リンがジャンプして折り返す。このボールにウー・シーが倒れ込むようにして放ったボレーシュートがネットに突き刺さった。前半の失点シーンを補って余りある、ウー・シーの意地の同点ゴールは、真っ赤に染まったスタンドからの声援をさらに増幅させてゆく。流れは完全に中国に傾いた。

 そして後半23分、中国は途中出場のソン・クァーがハーフウェーライン付近からドリブルで一気に加速、ウズベキスタンの選手3人を蹴散らすように豪快なミドルを決めて、ついに逆転に成功する。ゴールが決まった直後、GKのワン・ダーレイまでもが駆け寄り、チームメート全員がソン・クァーを祝福した。その後も中国は完全にゲームを支配。ウズベキスタンは、調子の上がらないセルベル・ジェパロフに代えて、北朝鮮でスキルフルなドリブルを見せていたサルドル・ラシドフを投入するなど、何とか反撃の糸口を探ろうとするものの、中国守備陣の集中力は最後まで途切れることはなかった。終盤のウズベキスタンの猛攻もはじき返し、そのまま2−1で勝利した中国は、見事に2試合目でグループリーグ突破を果たした。

中国にとってのウズベキスタン戦とは?

ブリスベンの会場を赤く染め上げた中国サポーター。「加油!」の大声援は選手を後押しした 【宇都宮徹壱】

 試合後、中国の選手とサポーターの喜びようはいささか尋常ではなかった。試合後の会見でも、喜びを爆発させる中国人たちの歓声は断続的に続き、まるで優勝でもしたかのような騒ぎようであった。中国がアジアカップでグループリーグ突破を果たしたのは、自国開催だった04年大会以来、実に3大会ぶりのこと。確かに、そういった喜びもあっただろう。しかし彼らにとって、それ以上に重要だったのは「ウズベキスタンに勝ったこと」であったという。友人の中国人記者、応虹霞(オウ・コウカ)さんは語る。

「中国は今世紀に入って、公式の大会でずっとウズベキスタンに勝ってないんです。今日の試合も、始まる前は誰もがずっと悲観的でした。それだけに、ウズベキスタンに勝ってグループリーグ突破を決めたのは、中国サッカーにとって歴史的なことだと言えます」

 ちなみに中国では、今回のアジアカップを「中国にとってのワールドカップ(W杯)」と位置付けているそうで、国営メディアのCCTV(中国中央テレビ)もかつてないくらいのスタッフを現地に派遣している。そしてその背景には、サッカー好きで知られる習近平(シー・チンピン)国家主席の意向が反映されているという話も聞いた。クラブレベルでは、広州恒大や北京国安などがACL(AFCチャンピオンズリーグ)で一定の成績を残している中国サッカーであるが、ナショナルチームについては02年のW杯出場、そして04年のアジアカップ準優勝を最後にずっと低迷が続いている。それだけに、今大会の代表に対する国民の期待値はかつてないほど高い。

 この日、裏の試合でサウジアラビアが4−1で勝利したことで、北朝鮮のグループリーグ敗退が決まった。準々決勝進出のもう1枠は、ウズベキスタンとサウジアラビアとの間で争われることとなる。そして、中国がベスト8で対戦する相手は、すでにグループAの突破が決まっているオーストラリアか韓国。さすがにホスト国との対戦は厳しいものがあるが、2勝したものの低空飛行が続いている韓国が相手なら勝算がありそうだ。いずれにせよ地元の華僑コミュニティーを味方に付け、ほとんどホーム状態で戦うことができる中国は、今大会の台風の目となり得る存在なのかもしれない。
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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