窮地に立たされたL・エンリケ監督 難題解決へ、極めて重要な1カ月を迎える

どの試合で負けてもサプライズではない

スアレスは自由に動き回るためのスペースを必要としており、本領発揮には至っていない 【写真:ロイター/アフロ】

 攻め込まれる頻度こそ少ないものの、最終ラインは堅守を保証するレベルにはない。何年も即戦力を探し続けてきたセンターバックについても、結局レギュラーが保証されているのは高さに欠けるハビエル・マスチェラーノだけだ。

 中盤には優れたタレントを持つ選手がいるものの、その多くは数年前のパフォーマンスを保てなくなっている。シャビのそれは年齢的な問題だ。アンドレス・イニエスタも元々少なかったゴールに直結するプレーがさらに減り、体力的な消耗を避けるようになっている。ペドロはグアルディオラ率いる2012年当時のレベルを取り戻すことができていな い。

 前線ではFIFA(国際サッカー連盟)から受けた長期の制裁を終えたスアレスがいまだ最適なポジションを見いだせておらず、恐るべきストライカーとして活躍したリバプール時代とはほど遠い状態にある。メッシ、ネイマールと形成する3トップのインパクトは強烈ながら、スアレスはより自由に動き回るためのスペースを必要としている。だがリバプールやウルグアイ代表とは対照的に、バルセロナでは他の2人のFWによってその動きを限定されてしまっている印象がある。

 右サイドバックのダニエウ・アウベスも、セビージャから移籍してきた当初の姿は見る影もない。かつてサイドを深くえぐり続けていた彼は今、ターゲットとなる長身FWがいないにもかかわらず、浅い位置から単調にハイクロスを放り込むばかりとなっている。そしてチームとして相手の守備を崩せない現状から、メッシはボール欲しさに中盤まで下がってしまい、結果として敵陣のペナルティーエリアから離れた位置でアシスト役を務めることが増えている。

 つまり現在のバルセロナは華やかさを欠き、後方の安定感も失われ、空中戦はほとんど用いぬまま、フィニッシュに至らない不毛なポゼッションを続けるだけのチームとなってしまった。今や彼らがどの試合で負けたとしても、サプライズとはみなされなくなっている。

注目を集めたメッシの先発落ち

レアル・ソシエダ戦はメッシの先発落ちが注目を集めた 【Getty Images】

 そんな矢先、L・エンリケはメッシとネイマールをレアル・ソシエダとの年明け初戦(第17節、0−1)で先発から外し、後半まで起用しなかった。他より長くクリスマス休暇を与えた2人に対し、南米からの長距離移動による疲労を考慮したというオフ明けのローテーションは今季に初めて見られたものではない。

 だが金曜の練習で行われた5対5のミニゲーム中にメッシがミスを犯した際、メッシとL・エンリケが口論を行う一幕があったとカタルーニャのスポーツ紙『ムンド・デポルティーボ』が報じたこともあり、特にメッシの先発落ちは注目を引くことになった。

 それが直接の原因だったかどうかは分からない。だがバルセロナが開始早々にジョルディ・アルバのオウンゴールで先制点をプレゼント。その後1ゴールも奪えぬまま試合を終えたことで、同日敵地メスタージャでバレンシアに1−2で敗れたレアル・マドリーに近づくビッグチャンスを逃したことは確かだ。そしてアノエタ(レアル・ソシエダのホームスタジアム)のベンチに座るメッシとネイマールの振る舞いは、どんな発言よりもはっきりと2人の心境を表していた。

 ギジェム・バラゲの著書『メッシ』の中で、グアルディオラはアルゼンチンの偉大なバレーボール監督ペドロ・ベラスコから学んだことを次のように語っている。

「同じ選手は2人存在しない。だから選手個々を同じように扱うことはできない。全員が同じであると信じること。それはフットボール界における最大のうその1つだ」

 またメッシ自身も同書の中で「ピッチから退くのはいつだって嫌だ。ピッチで生じる出来事を外から眺めるのも嫌いだ。僕は常にプレーしていたい」と語っている。

 ところがL・エンリケは、まだそのことに気付いていないようだ。同様に彼は、フットボールにおいて時は絶対であること、自身がクラブのエンブレム的存在にまで達したわけではないこともまだ理解していない。

 明確なプレーアイデアとそれを伝える術を持ち、選手たちを味方に引き入れること。果たして彼はこの難題を全て解決することができるのか。その答えは、極めて重要な時を迎えるこれからの1カ月で分かるはずだ。

(翻訳:工藤拓)

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著者プロフィール

アルゼンチン出身。1982年より記者として活動を始め、89年にブエノス・アイレス大学社会科学学部を卒業。99年には、バルセロナ大学でスポーツ社会学の博士号を取得した。著作に“El Negocio Del Futbol(フットボールビジネス)”、“Maradona - Rebelde Con Causa(マラドーナ、理由ある反抗)”、“El Deporte de Informar(情報伝達としてのスポーツ)”がある。ワールドカップは86年のメキシコ大会を皮切りに、以後すべての大会を取材。現在は、フリーのジャーナリストとして『スポーツナビ』のほか、独誌『キッカー』、アルゼンチン紙『ジョルナーダ』、デンマークのサッカー専門誌『ティップスブラーデット』、スウェーデン紙『アフトンブラーデット』、マドリーDPA(ドイツ通信社)、日本の『ワールドサッカーダイジェスト』などに寄稿

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