北九州の新スタジアム構想を追う J2・J3漫遊記ギラヴァンツ北九州<後編>

宇都宮徹壱

行政側が積極的な理由とは?

新スタジアム建設によって「市のブランド力が高まる」と語る北九州市役所の下田氏 【宇都宮徹壱】

「北九州にできた初のプロスポーツクラブという意味で、もともと市としてもギラヴァンツを応援してきました。ご存じかもしれませんが、北九州は5市対等合併して以降も、市民としての自覚がどうしても薄いんですよね。そこで市民が一体となって応援できて、しかも郷土愛を育むためにも、ギラヴァンツという存在は非常にいいツールになり得る。それを街のにぎわいに絡ませることができれば、なおいい。そこが出発点でした」

 新スタジアム建設地の候補は9カ所ほどあったという。当初は、現本拠地の本城を改修する案も含まれていたものの、もともと住宅街で興行地には適さない上に、アクセスと駐車場の確保に難があることからすぐに却下された。その後、八幡駅周辺やスペースワールドの敷地内なども候補に挙がったが、最終的には新幹線の停車駅であり、市外からもアクセスしやすく、商業施設や宿泊施設も充実している小倉駅周辺しかない、という結論に達した。もともと地元企業が持っていた、小倉北区浅野三丁目の私有地を市が借り受け、およそ92億円の予算をかけて来年4月から建設に入る。もっともこの決定に対しては、当然ながら一部市民からの反発もあった。

「新スタジアムの記事が新聞に載るたびに、市役所に抗議の電話がかなり来ましたね。『100億もの税金でサッカー場を作るなんてとんでもない!』とか、『福祉とか教育とか、他に使い道があるだろう』とか。ですのでわれわれも、『これはギラヴァンツのためだけでなく、市民の皆さんも利用できる施設であること』、そして『スタジアムができることで、街がよりにぎやかになって市外からも多くのお客さんが来ること』を理解していただくために、地道に市民説明会を開催してきました。これまで150回以上、延べ5200人くらいの市民の皆さんにお話させていただいており、今後も続けていく予定です」

 そうした地道な努力が実を結び、最近では抗議の電話がほとんどかからなくなった。それどころか「造るからにはいいものにしてほしい」とか、「いつになったらできるんだ」といった叱咤激励(しったげきれい)のメッセージが届くようになったという。それにしてもなぜ北九州市は、これほどまでに新スタジアム建設に熱心なのか。それは決して「市民に一体感を与えること」だけが理由ではないはずだ。私の問いに対する下田の答えは、地方自治体としての止むに止まれぬ事情、そのものであった。

「現在、わが市は人口が減っている上に、高齢化率も全国一となっています。今後、他の自治体と競っていくことを考えると、市の魅力を外に発信することが重要です。われわれが目指しているのは、他の自治体から注目されるようなスポーツ施設を作ることで、街ににぎわいと誇りが醸成されることです。そうすれば、おのずと自治体としてのブランドも上がっていくと考えています」

新スタジアムは「きっかけのひとつ」でしかない?

新スタジアムの建設予定地。2017年のオープンに向けて、期待とともに課題も少なくない 【宇都宮徹壱】

 以上が、行政側が期待する新スタジアム効果の概要である。当然ながらクラブ側にとっても、メリットの多い話であろう。スタジアムが予定どおりに建設されれば、J1ライセンス獲得を阻んできた大きな障害が解消されることになり、おそらく再来年のシーズンからは「J1昇格」という明確な目標を標榜することが可能となる。そして好立地のスタジアムがオープンした暁には、北九州市内だけでなく、多くのアウェーサポーターの集客も呼び込むこととなり、それはクラブに大きな収益をもたらすことになるはずだ。

 ここで監督の柱谷幸一に登場してもらう。これまで地域性が異なる3つのクラブ(モンテディオ山形、京都、栃木SC)で指揮を執り、かつ浦和レッズではGMも経験している柱谷は、クラブ運営という見地から新スタジアム建設にやや厳しい注文をつけている。

「今年は何とか赤字を解消できたけれど、現状の環境を考えると大幅に予算が増えることはないと思います。その意味で、17年に新しいスタジアムが完成するのは、クラブにとってビッグチャンス。当然、観客数も(スポンサーの)看板も増やして予算を倍増しないと、その先はないと思っています。つまり、現在6億円の総予算を10億円、あるいはそれ以上にしていかないと。もちろん、いきなり倍額の収入を見越して予算を組むのは危険ですけれど、17年のタイミングでそれをやらないと、あとが厳しくなると思いますね」

 しかし同時に柱谷は、北九州のポテンシャルは大いに認めている。すなわち、政令指定都市としてのスケールメリットであり、それに起因して優良企業を多く抱えていること、そしてこれまでサッカー界に多くの人材を輩出していることである。

「そもそも北九州からお話をいただいた時、監督を引き受けた一番の理由がクラブと地域のポテンシャルの高さでした。100万人近い人口があるから、それだけファンになりそうな母集団がある。スポンサーも胸がTOTOさんで背中が安川電機さん、いずれも世界的な優良企業です。そして北九州には、たくさんの少年団があり、いい指導者がいて、そこからいい選手が巣立っている。本田泰人、本山雅志 (いずれも若松区)、平山相太(小倉南区)もそうですよね。そうした環境がもっと整備されたら、いろんなことが可能になるんじゃないかと思っています」

 そう、新スタジアムは結局のところ「きっかけのひとつ」でしかないのだ。そして北九州が今季J1に昇格できないことも、このクラブに秘められた可能性を考えるならば、実のところ瑣末(さまつ)な問題でしかないのかもしれない。本稿執筆時(38節まで終了時点)で、北九州はジュビロ磐田と同ポイントの4位につけている(編注:第41節終了時点では5位)。J1昇格プレーオフ進出の行方に注目が集まる中、独自の戦いを貫く北九州がどんな形でこの激動のシーズンを終えるのか。現地での取材を終えた今、より誇らしい形でのフィナーレを願うばかりである。

<この稿、了。文中敬称略>

(協力:Jリーグ)

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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