北九州の新スタジアム構想を追う J2・J3漫遊記ギラヴァンツ北九州<後編>
なぜ北九州には一体感がないのか?
北九州OBの藤吉。現在はS級ライセンス取得を目指しながら地域コミュニケーターとして活躍中 【宇都宮徹壱】
そんな北九州だが、市としての歴史は実はそれほど古くはない。63年に、当時の門司市、小倉市、戸畑市、八幡市、そして若松市の5市が合併して誕生した。市町村合併といえば、平成の大合併がまず思い浮かぶが、当時は戦後最大の合併として話題になったそうだ。それから半世紀以上が過ぎたが、「北九州には一体感がない」という話は滞在中に何度も耳にした。なぜ、ひとつになれないのか? ある市民のこんな声を紹介しよう。
「今でも小倉の人は小倉、門司の人は門司、八幡の人は八幡に愛着がありますから、北九州市民としてのアイデンティティーが希薄なんですよ。『九州の北部』みたいな名前も、あまりなじまないのかもしれませんね」
それだけに、週末の本城陸上競技場でサポーターと市民が「キッ、タッ、キュウシュウ!」とコールしているギラ九(クラブの略称)の存在は、非常に大きな意味を持っている。かつてヴェルディ川崎(現東京V)や京都パープルサンガ(現京都サンガF.C.)などでプレーし、2009年にギラヴァンツの前身のニューウェーブ北九州で現役を退いた藤吉信次は、現在はS級ライセンス取得を目指しながらクラブの地域コミュニケーターとして活躍している。そんな彼に、クラブがJ1ライセンスを獲得できていない現状について語ってもらった。
「それについては、地域の方とお話していてもよく話題になります。やっぱり『(J1基準を満たす)スタジアムができないことには』って話になりますよね。でも今、小倉駅の近くに新しいスタジアムができる計画が進んでいるじゃないですか。17年に完成予定ですから、その前の16年にはウチも堂々と『J1を目指して』と言うことができます。そうなるためにも、今からしっかり結果にこだわることが大切だと思いますね」
「海ちか」「駅ちか」「街ちか」の新スタジアム
新スタジアムへの起点となるJR小倉駅の新幹線口。メーテルと星野哲郎が出迎えてくれる 【宇都宮徹壱】
現在、そこはだだっ広い駐車場でしかない。しかしながら、もしそこにJ1基準を満たすサッカースタジアムが完成したなら──想像するだけで身震いがする。小倉駅から徒歩7分。新幹線が停車する駅から最も近い「駅ちか」スタジアムとなる。しかも近隣には、愛媛の松山市をつなぐフェリー乗り場があり、さらには北九州空港からバスで約30分と、文字通り陸海空すべてにアクセスしやすい一等地だ。さらに、フェリー乗り場の向こう側には新日鐵住金の工場群があり、夜になると見事にライトアップされる。そのまた先には、北九州市民にとっての心のランドスケープ、関門海峡を見渡すことができる。
「関門海峡が見える『海ちか』であること、そして『駅ちか』であり『街ちか』というのが、このスタジアムのセールスポイントです。少なくとも、これだけ海に隣接したスタジアムというのは日本では初めてだと思います。選手をより近くで感じたいお客さんには『ゼロタッチ』と呼ばれる最前列で、より俯瞰して観戦したいお客さんには傾斜のついた2階席で、それぞれ楽しんでいただけます。キャパシティーは、とりあえずJ1(ライセンス)ぎりぎりの1万5000人で考えていますが、ギラヴァンツがもっと強くなってお客さんが増えたら、2万人収容できるようにスタンドの増築が可能なように設計されています」
2年半後にオープン予定の北九州の新スタジアムについて、このように壮大な計画を語るのは、北九州市建築都市局の下田憲治である。このプロジェクトに関わって2年半。もともとは道路や橋を作る仕事がメインだったという。今回のスタジアム建設のプロジェクトも、「サッカーのため」というよりも「街づくりのため」という意識のほうが強い。それでも、施設の設計や建設、さらには維持管理や運営を一事業者に一括して委託する「PFI事業」を採用するなど、実に理に適ったアプローチをしているところに好感が持てる。行政側が新スタジアム建設に積極的なのは、全国的に見ても珍しいケースであり、他のJクラブからすれば非常に羨ましい構図に映るのは間違いない。ではなぜ、北九州ではそれが可能となったのであろうか?