ジーターと同時代を生きられた喜び 美しすぎる幕引き…ありがとうキャプテン

杉浦大介

本拠地最終戦でサヨナラ打、すべてが完璧

ニューヨークでの最終戦、ジーターは劇的なサヨナラ打。出来すぎ、いや“あり得ない”シナリオで最後を飾った 【Getty Images】

 こんなシナリオをハリウッド映画のスタジオに持ち込んでも、“あり得ない”“馬鹿げている”と一笑に付されてしまうだろう。

 ニューヨークでのラストゲームに臨んだ地元のヒーローが、5−5の同点で迎えた9回裏1死二塁で大歓声に迎えられて打席に向かう。伝統のヤンキースタジアムでの最後のスイングで、サヨナラ打を放って華やかに幕を引く……。

「みんなありがとうと言ってくれるけど、僕は自分の仕事をやっただけ。みんなの応援があったからここまでプレーを続けられた。ずっと応援してくれてありがとうと言いたい」

 9月25日(日本時間26日。以下、すべて現地時間)のオリオールズ戦を6−5で勝利した後、普段は常に冷静さを保ち続けるデレク・ジーターもさすがにエモーショナルになった。それにしても……なんと劇的で、パーフェクトな結末だったことか。

 このジーターの2打点などでヤンキースが5−2とリードを奪うも、9回表にアダム・ジョーンズ、スティーブ・ピアースの本塁打でオリオールズが試合を振り出しに戻す。しかし、土壇場での同点劇も“ハリウッド・エンディング”のお膳立てに過ぎなかった。9回裏に先頭のホセ・ピレラがレフト前ヒットで出塁すると、続くブレット・ガードナーが送りバントを決めてチャンスを拡大。ここでジーターが初球をライト前に弾き返して、鳥肌の立つようなドラマは完遂した。

 試合終了直後は海千山千のニューヨークメディアですらも、しばらく呆然としていたのだから、スタジアムの空気がどれほど素晴らしかったかは想像できるだろう。ジーターの入団以来、多くのハイライトシーンを目にしてきたが、舞台背景と結末の美しさでは今回がベストだったかもしれない。

 すべてがあまりにも完璧だった。ほとんどファンタジーだった。秋風の吹き付けるヤンキースタジアムで、最後の最後にもう一度だけ、ジーターはシナリオライターをも沈黙させるようなストーリーの主役を演じてみせたのである。

NYで初めて“自分のため”にプレー

 ここにたどり着くまで、ヤンキースの2014年はジーターのための盛大なる“お別れツアー”と化した。ケガ人続出もあってチームは停滞し、今季を通じて優勝を狙えるだけのたくましさを誇示したことは一度もない。そんな中で、今季限りの現役引退を発表した“球界のキャプテン”の笑顔は、ファンにとって数少ない見どころであり、ほとんど唯一の救いでもあった。

 個人的にはスーパースターが事前にわざわざ引退を発表する風潮は好きになれなかったが、ジーターの場合は理解できる気がした。派手な引退ツアーでみんなに惜しまれたかったのではない。自分の去就問題に取材が殺到するのを避け、まっさらな気持ちでもう一度だけ優勝を目指したかったのだろう。

 しかし、前日の時点でヤンキースのポストシーズンへの望みが終焉(しゅうえん)し、迎えたこの日のホーム最終戦。これまでかたくなに勝利にだけこだわってきたジーターが、恐らくは入団以来初めて“自分のため”だけにプレーした。そんなゲームで、キャプテンがこれまで以上に感慨深げに見えたのは偶然ではなかったはずだ。

「泣かないように努めた。正直言って、どうやってこのゲームをプレーしたのか覚えていないよ」

 試合後の言葉にウソはなかったのだろう。ただ、そんな状態でも5打数2安打(うち1本が二塁打)、3打点と活躍できてしまうことが、この選手の何よりのすごさに違いない。“本拠地最後のゲームでのサヨナラ打”は、前述の通り、誰も見たことがないとてつもないドラマだった。ただその一方で、ベンチ前でジョー・トーリ監督以下、マリアーノ・リベラ、アンディ・ペティット、ホルヘ・ポサダといったかつての戦友たちに祝福されるジーターを見て、どこか懐かしさを感じたファンは少なくなかったのではないか。

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著者プロフィール

東京都生まれ。日本で大学卒業と同時に渡米し、ニューヨークでフリーライターに。現在はボクシング、MLB、NBA、NFLなどを題材に執筆活動中。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボール・マガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞・電子版』など、雑誌やホームページに寄稿している。2014年10月20日に「日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価」(KKベストセラーズ)を上梓。Twitterは(http://twitter.com/daisukesugiura)

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