再び「歓喜」を取り戻すために=J2・J3漫遊記 ジュビロ磐田<後編>

宇都宮徹壱

「サポーターと一緒に這い上がりたい」

今季から背番号1を背負う八田直樹。ユース時代から磐田一筋だが「黄金時代は身近に感じられなかった」 【宇都宮徹壱】

 小林が極端にビッグマウスな選手だとは思わない。むしろ彼くらい将来性があれば、これくらいの向上心がないと大成しないだろう。その一方で少しさびしく感じられたのは、黄金時代を知らない世代にとって、磐田というクラブは「単なる通過点」でしかなくなっているという事実だ。では、磐田というクラブに長く在籍している選手は、現状をどうとらえているのだろうか。続いて話を聞いたのは、GKの八田直樹である。

 八田は、ユース時代から磐田一筋の28歳。05年からトップチームに昇格したものの、同年に移籍してきた川口能活の影に隠れる存在であり続けた。その後も出場機会は川口の負傷時に限られていたものの、12年には32試合に出場。川口がFC岐阜に移籍した今季、プロ10シーズン目にして念願だった正GKの座と背番号1を手にすることとなった。絵に描いたような苦労人だが、言葉に関西風のイントネーションが交じるので(出身は三重)、何やら和らいだ気分になる。まずは八田に黄金時代の思い出を語ってもらった。

「思い出ですか? あんまりないんですよね。当時、僕はユースだったんですが、トップとの接点はほとんどなかったんですよ。今でも練習場は別だし、優勝したシーズンもホームゲームは3試合くらいしか見られませんでした。祝勝会に呼ばれることもなかったし(苦笑)。ですからジュビロの黄金時代って、身近で感じるというよりも、メディアを通してって感じでしたね」

 何とももったいない話である。トップチームのレジェンドたちと、後に続く育成年代の選手たちとの間に積極的な交流があれば、磐田の黄金時代はもう少し息の長いものになっていたようにも思えるからだ。もっとも八田自身は、過去は過去と割り切りながら、目前のJ2での戦いに前向きに挑んでいる。初めて体験するJ2の印象について尋ねると「やっぱり甘くはないですよね」という実感のこもった答えが返ってきた。

「去年、降格が決まったときからそう思っていましたし、実際にプレーしてみてもそれは痛感しています。J1との違いですか? 日本代表クラスの選手や、ひとりで試合の流れを変えるような選手がいない分、サポーターの後押しというものが、かなりの力になっているのを感じますね。たとえば松本(山雅)とか、味方がクリアするだけで大きな拍手が起こるじゃないですか。あれって対戦チームにとっては、けっこうなプレッシャーなんですよね(苦笑)」

 八田によれば、選手は「サポーターによるホームの雰囲気づくり」に敏感だという。90分間、相手に脅威を与え続け、そして味方を励まし続ける雰囲気。「ウソでもいいから『よくやった!』って拍手してくれると、僕らも勢いづくんですよね(笑)」と磐田の守護神は冗談めかしに語る。おそらく本音だろう。最近の磐田のゴール裏は、黄金時代を知っている世代と知らない世代との間に温度差があることは先に述べた。しかし、J2で厳しい戦いが続く今だからこそ、選手とサポーターとが結束することを八田は強く願っている。

「サポーターって、確かにお客さんでもあるんですけど、12番という背番号を与えられているんだっていう気持ちを忘れてほしくないと思うんです。あんなに強かったジュビロがJ2まで落ちて、僕らもふがいない気持ちですけど、だからこそサポーターと一緒に這い上がりたい。選手が上とか、サポーターが上とか、そういうのじゃなくて、同じ目線で一緒に戦っていければって思いますね」

自信と楽しさを取り戻すこと

自動昇格の条件である2位から8ポイント差(第33節終了時点)。一発勝負のプレーオフはサポーターにとっても重圧だ 【宇都宮徹壱】

 立ち位置の異なる選手たちの話を聞いて、磐田がどのような方向性で名門クラブへの再建を目指そうとしているのか、あらためて知りたいと思った。となると、今季からGMに就任した加藤久に話を聞くしかないだろう。ところがGMへの取材を何度もリクエストしても、広報担当者は「なかなか多忙で」と申し訳なさそうに繰り返すばかりであった。

 実際、多忙であることは間違いないようだ。取材最終日、クラブハウスでばったり加藤と会ったのだが「今はトップチームと育成と普及をトータル的に見ているので、ずっと会議なんですよ」と、握手のぬくもりが消えぬうちに足早に外出してしまった。ならばと思い、文書によるインタビューを申し込んだのだが「今は難しい時期なのでシーズンが終わるまで待ってほしい」という主旨の理由で断られてしまった。広報担当者には、今回の取材で本当にお世話になったが、この件に関しては残念というほかない。

 磐田での取材から1カ月が経過した。現在、2位松本との勝ち点差は8(第33節終了時)。あるサポーターは、自動昇格が難しくなったことへのいら立ちとJ1昇格プレーオフに回る恐怖心を、このように吐露していた。

「正直、すんなり2位以内を確保できるとは思っていませんでした。でも、ここまでひどい3位だとも思わなかった。今はプレーオフの恐怖をひしひしと感じています。ジュビロはJ1・J2入れ替え戦を経験していますが(08年)、あの時はホーム&アウェーだったので、きっと残れるという自信はありました。でもプレーオフって、一発勝負の怖さがあるじゃないですか。しかも中立の人たちはきっと『ジュビロ負けろ』と思っている(笑)。選手の精神的なプレッシャーも半端ないでしょうね。だから今は(現時点でJ1ライセンスのない)ギラヴァンツ北九州とか水戸ホーリーホックとかに、頑張って6位以内に入ってくれるように願っていますよ」

 2位以内でのJ1復帰が難しくなった今、現場は試合を重ねるごとに重苦しいプレッシャーを感じている。キャプテンの松井も「昇格へのプレッシャーだったり、J1でずっと勝てなかった雰囲気が試合で顔を出したりして、それで自爆しているところもある。でも、そこを自分たちで払しょくしていかないとね」と現状の厳しさを認めている。

 選手は決して甘くはないJ2での戦いに苦しみ、名門復活を模索するフロントの動きも始まったばかり。そんな状況だからこそ、磐田サポーターは「黄金世代を知る/知らない」という世代間ギャップを超えて結束する必要があるだろう。「僕らもふがいない気持ちですけど、だからこそサポーターと一緒に這い上がりたい」──守護神・八田のこの言葉に、果たして磐田のゴール裏はどう応えるか。

<この稿、了。文中敬称略>

(協力:Jリーグ)

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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