八重樫がリングで感じたロマゴンの“風”=ぎりぎりの緊張感も「面白かった」

船橋真二郎

大学の先輩・内山も称賛「大した奴ですよ」

一瞬でも迷えば、その隙を執拗な連打が突いてくる緊張感のある戦いを八重樫は「やっていて面白かった」と振り返った 【中原義史】

「僕がロマゴンより優れているのはハートの部分だけ。フィジカルで負けて、パンチで負けて、スピードで負けても、気持ちが折れない限りは絶対にあきらめない」
 試合の何カ月も前から八重樫が口にしてきた言葉だが、最後まで貫き通したのがこのハートの強さだった。「八重樫に度胸があるからこそ、一か八かの打ち合いができた。これはすごいこと」と松本トレーナー。「あの相手にあそこまで打ち合うことは、思っていてもできない。大した奴ですよ」と内山。八重樫を良く知る2人も、あらためて称賛を惜しまなかった。

 一瞬でも迷えば、その隙をゴンサレスの執拗な連打が突いてくる。
「1ラウンド、1ラウンドが勝負だと思って必死でした。ゴングが鳴ったら、やっと終わったなと。採点なんか気にしなかったですよ」
 ぎりぎりの緊張感の中、「でも、やってて面白かった」と八重樫は言う。ラウンドを追うごとに目の周囲は腫れ上がり、6ラウンドには「右ストレートが耳に当たって、左耳の鼓膜が破れた」が、ゴンサレスにも心だけは最後まで折らせなかった。
「意識がある限り試合は続けるし、止められたことが悔しかった。惨敗なんで言い訳はしないし、仕方がないですけど、まだできた気はします」

いつもと変わらない防衛戦「プロなら勝たないと…」

「言い訳はしないけど意識がある限り試合は続けるし、止められたことが悔しかった」と最後の最後まで心は折れなかった 【中原義史】

 試合後、八重樫は冷静に結果を受け止めていた。
「負けたら意味がないですよ。戦ったから偉いとか、戦わなかったからダメだとかじゃなくて、僕らプロは勝たないと何にもならないので」
 試合が近づくにつれ、特に印象的だったのが八重樫の落ち着きぶりだった。
「相手がビッグネームとはいえ、こちらがやることは一緒。試合までの時間が長かったので、いろんなことを考えましたけど、行き着いたのはいつもと一緒なんだなということ」
 周囲が色めき立つビッグマッチを前に、通常の防衛戦とほとんど変わらない精神状態を作り上げられたことは、何よりすごいと感じたが、八重樫に一蹴された。

「今までも、フタを開けてみなければわからない試合ばかりだったし、自信を持って戦った経験はない。だから、今回もそんな感じですかね」
 プロボクサーとしての信念でもあるだろう。いつものように相手を選ばず勝負し、結果、勝った相手が強かった。本人の中ではそれ以上でも以下でもないのだろう。だが、周囲の評価は、試合直後の会場に鳴り止むことがなかった万雷の拍手、ジムに殺到したという激励の電話、八重樫の公式ブログに書き込まれた膨大なコメントの数に表われている。

「今後のボクシング人生に生かしたい」

一夜明け会見では両まぶたを腫らしながらも「今後のボクシング人生に生かしたい」と前向きなコメントを残した 【スポーツナビ】

 そして、「今まで戦った中で、八重樫は一番強かったか」という問いに対し、「Primero!(一番強かった)」と答えたときのゴンサレスの心からの実感が、その表情から通訳を介するまでもなく伝わってきたと、信頼するボクシング取材歴十数年のライターが教えてくれた。

「何事も失敗とか挫折とか、それを経験として、まだあるかもしれない今後のボクシング人生に生かせれば、それに越したことはない。何回も負けてるんで僕は、無敗とは違うんで。全然関係ないですよ」
 試合後の控え室でそう話した八重樫は、一夜明けたジムでこう話した。
「(目の)腫れが引けば、練習はぼちぼちやるつもり。まだどこに向かうのかはわからないですけど、方向性が決まれば気持ちがつくれると思うので。自分としては今回のような、みんながワクワクするようなカードになれば。そういうスタンスでいます」
 八重樫の戦いには、まだ続きがある。

2/2ページ

著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント