湘南で最先端フットボールを追求する監督=Jリーグで生きる人々 チョウ・キジェ前編

北條聡

開幕から破竹の14連勝

開幕から破竹の14連勝を飾り、今季のJ2首位を独走する湘南。チームを率いるチョウ監督に自身のサッカー哲学を語ってもらった 【写真提供:湘南ベルマーレ】

 空前絶後と言っていい。
 今季のJ2リーグにおける湘南ベルマーレの快進撃だ。現在、首位を独走中だが、その戦績がすさまじい。開幕から破竹の14連勝を飾り、前半戦(21節)を終えた時点で、なんと20勝1敗。愛媛以外の20クラブが、ことごとく湘南の軍門に下ったのだ。得点49、失点9。得失点差が40という、にわかには信じ難い数字も残している。

 よく走り、よく働き、よく闘う。

 それが湘南のフットボールだ。システムは3−4−2−1だが、選手たちの動きは極めて流動的である。攻と守の区別なく、とにかくアグレッシブに戦い続ける。球を失ったら、素早く取り返し、球を奪ったら、一気にゴールへ向かう。ボールを、ゴールを奪うという目的が鮮明だ。ひたすらボールを回すばかりで、いったい何がやりたいのか分からない、というチームとは違う。

「僕らは前と後ろをコンパクトにして、より高い位置でボールを奪う。そこから常にスイッチを入れて、相手ゴールへ向かうチーム」

 湘南を率いるチョウ・キジェ監督は言う。2012年に監督に就任して以来、チームのコンセプトは一貫している。活字にすれば簡単だが、実践するのは難しい。リスクを冒してプレーする勇気が求められるからだ。高い位置で球を奪い損ねたら、どうなるか? 多くの選手がゴールに向かう途中で球を失ったら、どうなるか? 危険にさらされるのは明らかだろう。

 だからといって、臆病風に吹かれ、腰が引けた戦いをすれば、退屈でつまらない試合になる。ゴールに向かわなければ、観ている人はつまらない。やる側も観る側も楽しいと感じるようなフットボールで勝ち点を取る――。チョウ監督は選手たちに「それがプロなんだ」と、説き続けてきた。

 勝つためにリスクを最小化するのは正しい姿勢かもしれない。だが、それで果たして、観ている人を楽しませるプロと言えるのか? そうした真摯な問いかけから出発している。では、いったい、勝つことと楽しませることを両立させるスタイルとは何なのか。チョウ監督は言う。

「縦に速く。それが一番いい攻撃という感覚が僕にはあるんです。相手がいなければ、余計なパスをしないでゴールに向かうことができる」

 単純明快だ。相手の守備組織が整う前に攻めきれば、効率よくフィニッシュまで持ち込める。ただ、相手も黙ってはいない。簡単に速攻をさせないために守りを固めるチームもある。そこで初めてパスを回す必要が出てくるわけだ。最善の策がダイレクトにゴールへ迫るカウンターであり、次善の策がパスをつなぐポゼッション。優先順位が実にはっきしている。

「いくらパスをつないでも、自分たちだけが楽しくても仕方がない。観ている人たちにとっては『激しいプレー』『分かりやすいプレー』が楽しい。その前提を外して、今日はパスを何本回せたみたいな話をするのはやめようと」

チョウ監督のサッカー観

チョウ監督は「質の高いカウンターアタックを持っていないチームは絶対に勝てない」とその重要性を説く 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 最近、チョウ監督は選手たちに対し「質の高いカウンターアタックを持っていないチームは絶対に勝てない。J1でもJ2でも世界でも」と説いている。相手にがっちり守備組織を整えられたら、崩すのは簡単ではない。そうした事態を避けるためにも、できるだけ速く攻めたいわけだ。もっとも、それを実践するには必要な条件がある。高い位置で球を奪うことだ。

 なぜか? ボールを奪った場所が、常に攻撃の「出発点」になるからである。球の回収地点(攻撃の起点)が下がれば、その分だけ相手のゴールも遠くなる。いかにも効率が悪い。それを解決するには相応のタレントが必要になる。1本のロングパスで決定機を捻出する優秀なパサーや1人でボールを運んでフィニッシュまで持ち込むスピードスター(ドリブラー)がいてこそ成立する話だ。

 オランダのアリエン・ロッベンのような怪物のいないチームにとってロングカウンター(遠距離の速攻)は、必ずしも適した戦法ではない。狙うは短距離の速攻(ショートカウンター)である。そのために球の回収地点を上げるわけだ。高い位置でのプレッシングとショートカウンターはいわば、1枚のコインの裏表のような関係にあると言っていい。

 速く攻めるために、高い位置でボールを奪う――。攻と守が分断していない。湘南のフットボールが攻守一体化した印象を与えるのは、そうした理由からだろう。チョウ監督によれば、こうした戦い方が必要なのは何も湘南に限った話ではないという。現在の、あるいは近い将来の日本サッカーがどうあるべきか、その点にも深くコミットする問題ではないか、と話す。

「日本人は1対1で弱い、個で負けているという分析はちょっと違うんじゃないかと思っています。ただ、1つ言えるのは最終ラインがずるずると下がり、ペナルティーエリア内に人が集まって相手にハイボールを入れられたら弱い。だからハイライン、ハイプレスしかないと思うんですよ、日本は。エリア内に相手を入れさせない。それが基本的なスタンスじゃないかと」

 なぜ今季の湘南は得点が多く、失点が少ないのか。チョウ監督は「単純な話」だと言う。自陣のエリア内には相手を侵入させず、敵陣のエリア内には数多く侵入しているからだ。1試合に5回侵入するよりも、10回侵入する方がゴールにつながる確率は高い。当然、チームが目指すのは5回ではなく10回である。そうした分かりやすさが、現在の湘南を形づくってもいる。

「たとえ結果が出ていなくても、良いものは良い。昨季から選手たちにそう話してきました。回数が足りないのは事実ですから」

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著者プロフィール

週刊サッカーマガジン元編集長。早大卒。J元年の93年に(株)ベースボール・マガジン社に入社。以来、サッカー畑一筋。昨年10月末に退社し、現在はフリーランス。著書に『サカマガイズム』、名波浩氏との共著に『正しいバルサの目指し方』(以上、ベースボール・マガジン社)、二宮寿朗氏との共著に『勝つ準備』(実業之日本社)がある。

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