湘南で最先端フットボールを追求する監督=Jリーグで生きる人々 チョウ・キジェ前編

北條聡

世界のスタンダードを見極める

やる側も観る側も楽しいと感じるようなフットボールで勝ち点を取る――「それがプロなんだ」と、選手たちに言い続けてきた 【写真:アフロスポーツ】

 Jリーグにおいて「ハイライン+ハイプレス」を志向するクラブは、思いのほか少ない。なぜか。チョウ監督は「日本のサッカー文化の中で『奪う』ということがあまり大事にされている印象がない。そこに原因があるのではないか」と語る。どんなポジションを取るか、どのように寄せるか、全員がどう連動するかという話は手段であって目的ではない。本質は「球を奪う」ことだ。

「サッカーにとって大事なことは、誰が見てもそう大きく変わるものではないと思う。球際で激しく行くとか、最後まで走りきるとか、闘うとか、競り合うとか。それを全力でやるのが良い選手じゃないですか。でも、球際とか競り合いには弱いけれど、パスを回せるしボールを失いません、という選手が持てはやされてきた気がします。大事なことは何なのか、しっかり向き合う必要がある」

 ポゼッションを目指そうが、カウンターを狙おうが、こうした本質を見逃せば苦戦を避けられないだろう。相手にボールを渡してしまえば、ボールはなかなか返ってこないからだ。相手のレベルが高ければ、なおさらだろう。先のワールドカップ(W杯)・ブラジル大会における日本代表も、こうした問題に直面している。

「ボールを失った後、単純に縦にボールを入れられてやられている。日本代表に限らず、日本サッカーのウイークポイントだと思う」

 サッカーの本質に関する真正面からの取り組みが、湘南のハイプレスを可能にしていると言ってもいい。だから、トランジション(攻守の転換)が恐ろしく速い、ハードワークがすごい、といった湘南に対する周囲の評価には少しばかり違和感があると言う。特別なことをしている実感がないからだ。

「切り替えが速く、すごくハードワークすると言ってもらえるんだけれど……今の時代にハードワークしないチームってあるのかなと(笑)。もはや前提であって、そこに何を上乗せできるか。そういう時代に入っている」

 現在のサッカーの何を世界のスタンダードとして見るか。その見極めが「とても大事になる」とチョウ監督は言う。人や情報が高速移動する現代のグローバル社会では、競争市場における標準化が著しい。いわゆる「売れ筋商品」の利点や仕組みが瞬く間に共有されるからだ。そこを読み違えれば、時代から取り残されたガラパゴスになりかねない。競争市場で勝ち抜くには、世界標準に追従すること以上に、未来を先取りする鋭敏な感性が必要だ。

「いかにしてフィールドの中にカオス(混沌)をつくりだすか。それが最先端のフットボールだと思う」

 チョウ監督は言う。キーワードは『秩序あるカオス』だ。今季の湘南の得点者の顔ぶれは、それを物語っているかもしれない。チーム内の最多得点者は27節終了時点で13得点を稼ぐ1トップのウェリントンで、2列目の岡田翔平が7得点でこれに続くのは順当だ。興味深いのは3バックの一角を担う遠藤航が6得点、左アウトサイドの菊池大介が5得点、ボランチの永木亮太が4得点、さらに同じボランチの菊地俊介が3得点を奪っていることだろう。

 まさに神出鬼没。誰がフィニッシュの局面に現れるか分からない。ピッチに立つすべての選手たちに「ゴールに向かう」「ゴールを奪う」という目的が共有されている。ダイナミズムあふれる湘南のフットボールは全員攻撃、全員守備の生きた教本だ。その戦いぶりは、先のブラジルW杯で王者スペインを破ったチリや、ドイツの強豪ドルトムントを連想させる。

常に日本サッカーの発展を考える

「日本サッカーの発展につながるか」。チョウ監督は指導者として、そうした視点を常に気をかけている 【写真提供:湘南ベルマーレ】

 世界標準から目を背けず、未来を先取りしようとする湘南のフットボールに恐れを抱いてのことか、最近はリスク回避を優先するチームが増えつつある。積極的にボールを奪いに行かず、自陣に引いて守りを固めるわけだ。相手が攻めて来なければ、パスをつないで攻め込むしかない。次善の策であるポゼッションへスイッチする。

「選手たちにボールを回せと指示したことは一度もない。でも、相手が来ないからボールを回す状況になる。今季のJ2において1試合平均のポゼッション率は上から数えた方が早い。うちのパス回しが巧みで、なかなかボールを奪えないから引いて守ろう、というなら話は分かりますけどね(笑)」

 今季の湘南は、実は「カウンターが少ない」とチョウ監督は言う。ボールを奪ってから10秒以内で奪ったゴールは2ケタもない。カウンターだけで勝っていくのは難しいから、湘南の立場で言えば「成長」とも言える。最善の策が機能しにくい時のオプションを手にしつつあるわけだ。ただ、Jリーグ全体にとって喜ぶべきことかどうか、意見が分かれるところだろう。

「積極的に走るのか。消極的に走るのか。意味合いは全く違う。ボールを取れないから下がって守るのは後者の考え方。そうした消極的な姿勢が選手たちの意識やメンタル面にどういう影響を与えるか、指導者は考えるべきだと思う」

 一方が積極的に戦うことを放棄してしまったら、どうか。勝つための戦術的な駆け引きとして、引いて守る選択肢も必要だろう。だが、安易に消極策に手を染めてしまえば、積極的に戦う姿勢は育ちにくく、リスクを冒す勇気も失いかねない。それが果たして、日本サッカーの発展につながるのか否か。チョウ監督は一人の指導者として、そうした視点を常に気にかけている。

「ガチンコでやらないと、絶対に面白い試合にはならない。互いに激しくやり合うからこそ、観ている人たちの心も動かせるのだと思う。勝ち方と同じように、負け方というのも絶対にある。これで負けたら仕方がない。観ている人たちに納得してもらえるような戦いをしなければいけない。そう思っている」

 結果が出ているから、そう話しているわけではない。1位であれ、15位であれ「僕の言うことは同じです」とチョウ監督は言う。観ている人たちに楽しんでもらえるか、感動してもらえるか。そして、日本サッカーの未来につながるか。1人の監督、指導者としての責務が、湘南の鮮烈なフットボールを支えていると言ってもいい。強いだけではない。観る者の心を動かす力が、そこにある。実際に彼らの戦いぶりを見れば、その意味が分かるはずだ。

<後編につづく>

(協力:Jリーグ)

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著者プロフィール

週刊サッカーマガジン元編集長。早大卒。J元年の93年に(株)ベースボール・マガジン社に入社。以来、サッカー畑一筋。昨年10月末に退社し、現在はフリーランス。著書に『サカマガイズム』、名波浩氏との共著に『正しいバルサの目指し方』(以上、ベースボール・マガジン社)、二宮寿朗氏との共著に『勝つ準備』(実業之日本社)がある。

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