側近データマンが語った“眞鍋流”=バレー眞鍋監督・女子力の生かし方 第10回

高島三幸

スタッフのやる気を上げる2つのポイント

渡辺氏いわく、“眞鍋流”の接し方は対選手だけでなく、対スタッフにも貫かれている 【写真は共同】

――眞鍋監督のマネジメントについてはどのように思いますか。

 眞鍋監督は選手のみならず、スタッフとの接し方にも非常に細かに気を遣われているんだと思います。人の心を動かして行動させるのが上手なんです。まず、モチベーションが高まるように、いい仕事をすればそれを見逃さず、きちんと褒めてくれます。また、いいと思ったこちらの意見は必ず練習や試合に取り入れてくれるんです。

 例えば、眞鍋監督の下で1年過ごした私は、シーズンオフに自分自身のレベルアップを図るため、自費でイタリアに渡ってトップチームで武者修行をしました。そこで見た練習やミーティング内容、トップ選手の試合前の準備方法などをすべてメモし、自分が感じたことを眞鍋監督に話したんです。その中で最も世界と日本の違いを感じたのは、練習の環境と質。海外は190センチの選手同士が練習していますが、日本の女子バレーボール界に180センチを超える選手はほとんどいない。だから私は、日本の女子選手が練習をする時は必ず現役の男子選手が必要で、入れるべきだと強く提案したんです。眞鍋監督は納得して私の案を取り入れてくれました。今も練習相手はすべて男子選手です。実際に力がどんどんついていき、その年の世界選手権では銅メダルを獲得しました。いいと思ったことは採用して試してもらえる。すると、こちらとしてももっと貢献しようと素直に思えます。

――結果が出るからさらにやる気がでるという、好循環ですね。

 マネジメント力が高いと思うもう一つのポイントは、こっちが面白がるような“仕事の振り方”をしてくれるんです。眞鍋監督は、「あれやれ、これやれ」という言い方の命令はほとんどしません。「こんなん調べてみたらどうや」「こんな発想はお前にはないんか?」といった伝え方で、やってみたいという動機を促すというか、スタッフから生まれてくるのを待っています。スタッフはあえて“バレーボール大好き少年”が集められているので、その私たちの心をくすぐるような声掛けをしてくるんです。

――具体的なエピソードがあれば教えてください。

 先日、面白いなと思ったのが、ブロックのデータを取るときに「なあ啓太、ブロック時の右手、左手の力の強さは均等ではなく、どちらかが強いはずやし、癖もあるはず。右手に当たってスパイクを止めたのか、それとも左手か。海外選手の特徴を一人一人調べてみたらどうや。右手が弱い選手にはスパイクのときに右手を狙えばいい」と言われました。「また、そんな細かいデータを……」と思いつつ、着眼点が面白いと感じました。そこから、どうやってこのデータを集めてどのように皆に見せれば“勝つための情報”になるのか、ということを私は考えていくのです。

 あるときは、こんな課題もありました。「この会場は、右と左のコートでサーブミスの頻度が異なるぞ」と眞鍋監督は言います。「絶対、こっちから打っている方が、サーブがアウトになる確率が高いで」と。「え……また細かい!」と思いつつ、調べました。母数が小さいので信ぴょう性の高さは定かではないですが、眞鍋監督の言う通り、片方のコートからサーブを打った方がミスが少ないという数値が出たので伝えました。試合前、コイントスでサーブ権かコートを選ぶ際に、眞鍋監督はサーブミスが少ないコートをしっかり選ばせていましたね。

 勝つためにはどんなに小さなことでも見逃さず、調べて実行に移す。その“勝つための小さなプロセス”が積み重なって、五輪の銅メダルにつながっているのは確かです。

「眞鍋監督をサポートできる存在であり続けたい」

「眞鍋監督の直感を信じたい」と指揮官に全幅の信頼を寄せている 【スポーツナビ】

――確かに、第一線で活躍されてきた眞鍋監督の長年の経験から出てくる発想や分析の切り口は面白いし、非常に細かいですね。

 そんな実戦で得た着眼点を、私が頭をひねって数値化して理論づけることを繰り返しています。数値化する作業を積み重ねれば、監督の心の中に確信が生まれ、その数が増えるほど自信や決断力も高まるはずです。

 実戦で得た眞鍋監督の直感を信じたいという思いは私だけでなく、スタッフ全員にあると思います。それは監督の照らす方向を向いて進んでいけば勝てると思えるから。この信頼関係は成功体験の積み重ねから生まれたものです。私が眞鍋監督の意思決定に貢献して、チームがうまく動いたことで結果につながっていると思うと、やりがいを感じます。選手には勝ってもらいたいし、眞鍋監督をもっと輝かせたいという気持ちになります。

――企業で言えば、眞鍋監督は上司であり、チームリーダーですが、輝かせてあげたいと思えるのは、やはり信頼関係からなるものですか?

 成功体験の積み重ねはもちろん、スタッフや選手との距離感というか、接し方じゃないでしょうか。眞鍋監督は、自分のことをネタにしてふざけたり、失敗もすべて私たちに見せるんです。それってとても大事だと思うんですよね。完璧主義過ぎるリーダーからは余計な緊張感が生まれ、コミュニケーションも減る。眞鍋監督の場合、関西人気質もあるのでしょうが、人を笑わせることが好きだし、自分の弱点や恥ずかしい面、コンプレックスもすべてオープンにして笑いに変える。そういう一面を見せてくれると、距離はぐんと縮まります。相手の心を開くために、自分がまず開いて見せる。人を育てる上で大事なポイントのように思いますね。

――近寄り難いのではなく、親近感のあるリーダーということですね。

 もちろん、眞鍋監督はそうした楽しい面だけでなく、強引さがあるリーダーだとも思います。一度思いついたことは検証したり、実行したりしないと気が済まない。ダメだと判断すれば、方向転換もおかまいなし。その都度、私たちスタッフも振り回されて大変ですけど、私はリーダーにはその強引さが大切ではないかと思います。それだけ勝つための執念が凄まじいということですよね。

 できることなら、眞鍋監督のどんな要望でもかなえてサポートできる存在であり続けたいです。

<この項、了>

プロフィール

渡辺啓太(わたなべ けいた)
全日本女子バレーボールチーム情報戦略担当チーフアナリスト。一般社団法人日本スポーツアナリスト協会代表理事。1983年東京生まれ。専修大学ネットワーク情報学部在学中に柳本晶一前監督率いる全日本女子チームのアナリストに抜てき。以後、世界中を舞台に、数多くのトップレベルの試合を見続けている。日本のバレーボールアナリストでは初めてオリンピック日本選手団役員としてチームに帯同。眞鍋政義監督就任後もチーフアナリストとして活躍し、2012年ロンドン五輪では銅メダル獲得に貢献した。近著に『人はデータでは動かない――心を動かすプレゼン力』(新潮社)など。

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著者プロフィール

ビジネスの視点からスポーツを分析する記事を得意とする。アスリートの思考やメンタル面に興味があり、取材活動を行う。日経Gooday「有森裕子の『Coolランニング』」、日経ビジネスオンラインの連載「『世界で勝てる人』を育てる〜平井伯昌の流儀」などの執筆を担当。元陸上競技短距離選手。主な実績は、日本陸上競技選手権大会200m5位、日本陸上競技選手権リレー競技大会4×100mリレー優勝。

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