安楽智大が身につけた新たなスタイル、新球「スプリット」を武器に最後の夏へ

寺下友徳

最速131キロも195日ぶりのマウンドで見せた笑顔

4月6日紀央館高との練習試合で1回無失点に抑え笑顔を見せる安楽 【寺下友徳】

 今年1月4日の本格的なキャッチボール開始の時点で、本人もこの状況は想像できなかっただろう。2014年ドラフトの目玉・安楽智大は昨秋以来「公式戦登板なし」のまま、最後の夏を迎えようとしている。

 右腕尺骨神経まひは昨年末までに快癒し、早ければ2月にもマウンドに立つと思われたが、ブルペンに入っても立ち投げ程度で一進一退。練習試合解禁日の3月8日になっても変化はなかった。「骨には異常はないし痛みもないが、まだ右ひじに張りや違和感が出ている」。「4番・一塁」安楽で丸亀城西高、高槻北高との2試合を終えた後、つとめて冷静に、淡々と症状を語る元薬局経営・上甲正典監督の表情が、かえって状況の深刻さを物語った。

 名将の不安は的中した。済美は春の県大会で安楽登板なきまま3月25日、中予地区代表決定戦で松山聖陵高の前に敗退。夏の愛媛大会ノーシードも決定してしまった。そして、その苦闘を主将として最も痛感していた安楽智大がマウンドに立ったのは4月5日・開星高との練習試合、9回裏二死一、二塁の場面である。

 内容は打者2人に10球全てストレート。四球の後、サヨナラヒットを浴びた安楽。翌日の紀中館高、長門高との練習試合では計3回を無失点に抑えたが、最速は131キロで奪三振は0。そこにいたのは豪腕ではなく「普通の高校生長身投手」である。

 だが、登板を終えダウンに入る安楽には満面の笑顔があった。昨年9月22日の秋季愛媛県大会1回戦・西条高戦から突入した「195日」の長く暗いトンネルが、ようやく光差す出口に到達した実感。そのうれしさが全身からにじみ出ていた。

毎試合投げる中で見せた「新スタイル」

 その後、安楽は急ピッチで調整を進める。「毎日投げることで4カ月以上投げていない筋肉をならしていく」と復帰前に公言していたように、練習試合では毎試合のようにマウンドに立ち、4月29日には今春センバツ出場を果たした神村学園高を相手に早くも完封勝利。球数は147球とまだ投球数には課題が残る結果となったが、1カ月前は投げられない状況だったことを考えれば、驚異的な回復力といえるだろう。

 そしてもう1つ、安楽は新たなスタイル作りに着手していた。それは新球「スプリット」の習得。一例を挙げれば4月26日、川之石高と招待試合で、彼は3回46球のうち約8割はスプリットを投じた。理由はこうである。

「練習試合の中で握力を弱らせて、その中で何ができるかを試しているんです」

 冬の間、鍛え上げた下半身に、いかに腕の振りと指先の感覚をアジャストさせるか。表向きは「練習試合で145キロを出す」という目標を掲げていた安楽であったが、その裏では夏への下地作りを着々と進めていた。

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著者プロフィール

1971年、福井県生まれの東京都東村山市育ち。國學院久我山高→亜細亜大と進学した学生時代は「応援道」に没頭し、就職後は種々雑多な職歴を経験。2004年からは本格的に執筆活動を開始し、07年2月からは関東から愛媛県松山市に居を移し四国のスポーツを追及する。高校野球関連では「野球太郎」、「ホームラン」を中心に寄稿。

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