清々しかったコスタリカの「終わり方」=日々是世界杯2014(7月5日)
コスタリカのおばちゃんと意気投合
試合は、前半8分にゴンサロ・イグアインが決めた1点を守り切ったアルゼンチンが勝利し、見事に準決勝進出を決めた。アルゼンチンのベスト4入りは、実に24年ぶり。24年前といえば90年のワールドカップ(W杯)イタリア大会のことで、マラドーナが(ピークを少し過ぎていたとはいえ)全盛期だった時代だ。そのマラドーナが現役を退いて以降、何人もの「マラドーナの後継者」たちが現れては消えていったが、ついにリオネル・メッシが名実ともにマラドーナ越えを実現させようとしている。残り2試合。決勝の舞台マラカナンへの切符を懸けて戦う相手はオランダか、それともコスタリカか――。
というわけで、本当は準々決勝最後の試合を取材しにサルバドールに来たわけだが、実は私はこの試合をスタジアムで見ることができない。記者席に入るためには、メディアチケットをFIFA(国際サッカー連盟)のメディアチャンネルから申請する必要があるのだが、不覚にもこのカードの申請に間に合わなかったのである(気づいた時には締め切りから2時間がたっていた)。ブラジリアでの取材に切り替えることも考えたが、エアチケットを確保できずにあえなく断念。さんざん迷った末、サルバドールのパブリックビューイング(PV)を取材することを思い立った。
ところが、ここでまたしても誤算。PVが行われると聞いたペロウリーニョ広場に来てみると、あちこちに屋台はあるものの肝心の大型スクリーンが見当たらない。どうやらPVが行われるのは、セレソン(ブラジル代表)の試合だけのようだ。とはいえ、いずれの屋台でも客寄せのテレビ中継を見ることはできる。たまたま相席になったコスタリカ人のおばちゃんと意気投合し、一緒にコスタリカ代表を応援することと相成った。もっとも、おばちゃんは英語が分からないし、私はスペイン語が分からない。それでも、コスタリカがピンチになるたびに彼女が「アイヤイヤイヤ!」と叫ぶので、こちらもつられて「アイヤイヤイヤ!」と叫んでいるうちに、私たちはすっかり意気投合していた。
あらためてコスタリカの健闘に思うこと
とはいえ、やはりオランダはコスタリカに比べてはるかに試合巧者であった。延長戦終了間際、ルイス・ファン・ハール監督はGKをヤスパー・シレッセンから第3GKのティム・クルルに交代。PK戦を見据えてのベンチワークであることは明らかだが、まさか高校選手権ではなくW杯でこのような交代を目にするとは思わなかった。シレッセンと比較して、クルルがどれだけPK戦に強いのかは手元にデータがないので、はっきりしたことは言えない。だが少なくとも、シレッセンよりも6センチ長身のクルルがゴールマウスに入ったことで、ずい分とゴールが小さく見えたのは事実だ。
それと同時に、このタイミングでのGK交代が、コスタリカに心理的な揺さぶりをかけた可能性も十分に考えられる。結果としてクルルは、コスタリカ2番手のブライアン・ルイスと5番手のミチャエル・ウマニャのシュートを防ぎ、オランダの準決勝進出に大きく貢献した。
試合後、敗れてなお誇らしげにほほ笑むコスタリカのおばちゃんに「アディオス(さようなら)」と別れを告げて帰途につく。途中、コスタリカの冒険の終わりについて考えた。終わってみれば、至極順当な結果であったといえよう。グループリーグ初戦、ウルグアイ相手に3ゴールを挙げたコスタリカであったが、このチームはやはり「ディフェンスありき」ゆえに、確実な勝利が求められる決勝トーナメントで勝ち切るには、おのずと限界はあったと思う(2試合連続PK戦というのは、その証左と言えよう)。しかしだからこそ、自分たちができることを愚直に精いっぱいやりきり、そして敗れたコスタリカの姿勢には、見ていて非常にすがすがしいものが感じられる。
W杯とは、優勝チーム以外はいつか敗れる大会である。問題は、その敗れ方が納得できるものであったかどうか、ではないだろうか。多くの強豪国が、なかなか納得できずに大会を終える中、コスタリカの「終わり方」は、もはや1ミリの余力もないくらいの「やりきった感」が十分に伝わってきた。米国・タンパで行われた、日本との親善試合から1カ月。その間、ことあるごとにコスタリカの躍進ぶりに羨望(せんぼう)の目を向けてきたが、実のところわれわれが見習うべきは、そのすがすがしいまでの「終わり方」であったのかもしれない。
<つづく>
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