イングランドに蔓延する代表軽視の風潮 色あせた代表の誇り、クラブへ忠誠を誓う

東本貢司

足りなかった勝負にかける“太さ”

グループリーグ最終戦のコスタリカ戦はドローに終わったイングランド。未勝利のまま大会を後にする 【Getty Images】

 コスタリカ対イングランド(0−0)に続いてコロンビア対日本(1−4)を見終わった今、正直、悄然(しょうぜん)とした思いに駆られている。コスタリカの躍進・充実ぶりはこの際、さて措こう。例えば、もし今日の日本の相手がイングランドだったら、多分、結果は逆か、(ひいき目で)良くても引き分けが精いっぱいだっただろう。あえて喩えれば、勝負にかける“太さ”において、コロンビアや実際に敗れたウルグァイと比べて、かなりの差があったように思う。

「太さ」とは瞬間的に頭を過ぎった言葉で、自分でもうまく説明できないのがもどかしいが、ありきたりな決まり文句――「ガッツ」「ヴァイタリティー」「エッジ」あるいは「ファイティングスピリット」まで含めて、どうにももう一つしっくりこない――つまり、イングランドにはそんな「当然備えているはずのもの」の“先”が感じられなかった……と言えば分かっていただけるだろうか。

重なった2つの誤算

 初戦・イタリア戦は必ずしも悲観するものではなかった。むしろ、若い初招集組を端から送り出した割には、腹の座ったような落ち着きを感じた。マナウスの気象条件を考慮してほどよくセーブしたパフォーマンスで、相手との“距離”をコントロールする余裕すら感じさせた。ゴール前の密集をすり抜けていった失点は誤算だったが、すぐに挽回してみせたのもよかった。実況解説が「影が薄い」とやり玉に挙げていたウェイン・ルーニーが、絶妙の間合いと無駄のないボディーバランスから、ダニエル・スタリッジの同点弾を演出したことは、大いに希望と期待を抱かせた。

 もちろん、今振り返れば、それこそイングランドのお株を奪うような一瞬の「ロングクロスからのヘディング」でマリオ・バロテッリに決められたゴールが、すべての躓きの始まりということになってしまうだろうが、それでも出足としては上々の部類に入るものだったと言ってよかった。その時点では、スティーヴン・ジェラード以下スリーライオンズ(イングランド代表の愛称)の面々の表情にも、むしろ明るいものがあったほどだ。しかし、そんな楽観ムードは次なる“最大の強敵”の手でものの見事にしっぺ返しを食らうのである。

 結果的にイングランドに引導を渡すことになったウルグァイの2ゴールは、物理的な意味で「最も危険な2人の才能と連携」にしてやられたことになるわけだが、敗戦の真の要因、もしくは“誤算”は、別のところにあった。ウルグァイ・イレヴンの、肉弾戦と見まがうほどの、火の出るようなハードプレスだ。それは、ジェラード封じを、ファールぎりぎりの捨て身の覚悟でやりおおせたリオスの、悲壮なまでの表情に集約されていたと思う。

 イタリアはそれがなかった。おそらく、同様に「マナウスの魔」を案じて、彼らも体力セーヴを心掛けていたと思われる。いや、もしこの初戦の相手がウルグァイだったとしても、事情はほぼ変わらなかっただろう。つまり、誤算は2つ重なったのだ。マナウスからのスタートと、よもやの対コスタリカに敗戦(1−3)で絶対に負けられなくなったウルグァイの、そう、後がない死にもの狂いのヴァイタリティー。このコントラスト、落差が、イングランドを打ちのめしたのだ。突き詰めれば、イングランドには策がなかった。状況に応じて柔軟に対応する心構え、つまり、ヴァイタリティーがなかった……。

“母国”の「熱」はどこへ行ったのか?

 そこでふと考える。大会前のはるか以前からもそうだったが、コートジヴォアールに悪夢のような逆転負けを喫し、ギリシアにしぶとく粘られて瀬戸際に追い詰められた後でもなお、いやだからこそか、日本の周辺にはじっとしていられないような煮えたぎる焦燥と「必勝にかける熱」が、あちらこちらで(それこそ焼けっぱちムードで)力説され、サムライ・ブルーのメンバーも「こんなはずじゃなかった」失意も露わに、悲愴な決意をまるごとコロンビア戦にぶつける“ヴァイタリティー”を表明していた。

 では、その点で“母国”の方の「熱」はどうだったか。確かに、じわじわと追い詰められる恰好になった日本とは違って、イングランドの場合は「楽観ムード」から一気に、もはや手の施しようも何もない状況に追いやられた。もう一つ付け加えておくなら、苦戦のウルグァイ戦で生まれた「ルーニーの歴史的・初ゴール」という“一瞬の希望”もあった。いわば、天と地を行きつ戻りつするうちに、まるで高速で回転する走馬灯のごとく、彼らのワールドカップ(W杯)2014はそれこそ、あっという間に終わった。

 だが、そんなドラマはむしろ、記憶に残る“余興”として、イングランド国民の脳裏に刻まれるのかもしれない。なぜなら――。

 シェイクスピアの国である。その源流にはギリシア悲劇がある。ハッピーエンドなど端から期待などしていない……とは、さすがに気障で言い過ぎになる。が、今大会、イングランド国内に期待の熱は薄かった。心配性で何かと言い訳がましい(だから、慎重で達観的でジョークとウィットが発達した……)といわれる国民性などを超越して、多くの識者やジャーナリストの間でも「運が良ければベスト8、もしくはその実力はないわけではない」が多数派を占めていた。ゆえに「密にもしやとは思っていたが、やっぱりこうなってしまったか」の冷めたリアクションが、然るべくしてウルグァイ戦後にじわっと広がった。

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著者プロフィール

1953年生まれ。イングランドの古都バース在パブリックスクールで青春時代を送る。ジョージ・ベスト、ボビー・チャールトン、ケヴィン・キーガンらの全盛期を目の当たりにしてイングランド・フットボールの虜に。Jリーグ発足時からフットボール・ジャーナリズムにかかわり、関連翻訳・執筆を通して一貫してフットボールの“ハート”にこだわる。近刊に『マンチェスター・ユナイテッド・クロニクル』(カンゼン)、 『マンU〜世界で最も愛され、最も嫌われるクラブ』(NHK出版)、『ヴェンゲル・コード』(カンゼン)。

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