二塁手の歴代最強打者は誰だ!? 落合博満、小久保裕紀、ローズ……

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落合は二塁手を務めた82年に、史上最年少28歳で三冠王を獲得。二塁手の歴代最強打者と言えるだろう 【写真=BBM】

「二塁手は守備の人」のイメージが強いが、強打の二塁手ももちろんいる。ここでは年間100試合以上で二塁を守り、打撃タイトルを獲得した選手たちをピックアップ。そこから見えてくる二塁手の最強打者は……三冠王を3度獲得したあの天才打者だった。

二塁手として三冠王に輝いた落合博満

 強打の内野手と言えば……川上哲治、長嶋茂雄や王貞治、大下弘、中西太の面々を思い出す。彼らが一塁や三塁を守っていたこともあり、その2つのポジションのイメージが強い。だが、プロ野球80年の歴史において、強打の二塁手もいる。

 今年は昨年パ・リーグの打点王に輝いた埼玉西武の浅村栄斗が二塁へコンバートされた。もし2年連続で打点王を獲得すれば、二塁手としては1997年、現・侍ジャパン監督の小久保裕紀(当時ダイエー)以来となるだけに期待したいところ。

 その小久保は95年に本塁打王(28本塁打)を獲得している。二塁手として106試合出場、ゴールデングラブ賞獲得と攻守で活躍したシーズンとなった。また、97年の打点王獲得のときは135試合すべてで二塁手を務めており、90年代日本人最強打者の二塁手と言ってもいいだろう。

 では80年代は? となると西武の辻発彦の名前が挙がってくるだろう。しかし、二塁手として三冠王を獲得した選手がいる。それが現・中日GMを務める落合博満だ。82年に史上最年少28歳で三冠王を獲得。計3度の三冠王となっているのだが、二塁手としての三冠王はこの82年のみ。127試合に二塁手(一塁手は3試合)として出場し、635回の守備機会に対し、失策は7の守備率9割8分9厘という成績を残した。残念ながらダイヤモンドグラブ賞(現・ゴールデングラブ賞)には選出されなかったが、二塁手としてベストナインを獲得した。そう考えると82年の落合が、助っ人を含めても歴代最強の二塁手と言えるかもしれない。

10人が首位打者、5人が最多安打を獲得

 二塁手は、どうしても小技がうまい選手が多いというイメージが強い。打撃に関しても小技が得意で、単打をうまく打つというイメージがある。もちろんその通りで、首位打者で言えば100試合以上出場した選手では10人がこれまでタイトルを獲得。最多安打(94年から表彰)は5人が獲得した。

 最初の首位打者に輝いたのが南海の岡本伊三美で53年。打率は3割1分8厘だった。その後、日本人二塁手としては、76年の太平洋・吉岡悟が3割0分9厘で獲得している。一方、セ・リーグでの日本人二塁手初の首位打者は83年、阪神の真弓明信。3割5分3厘という高いアベレージだった。その後、87年に巨人の篠塚利夫(=当時の登録名、3割3分4厘)、87年の正田耕三(3割3分3厘)と続いた。その間パ・リーグでの獲得はなく、93年の西武・辻発彦(3割1分9厘)まで待たなければいけなかった。その90年代になると二塁手の首位打者獲得者は減る。特に日本人二塁手は辻のみだった。その後は2003年に阪神の今岡誠が3割4分0厘で獲得して以降、首位打者が出ていない。

 一方、日本人二塁手の最多安打は、56年に高橋の佐々木信也が180安打を放った。その後、パ・リーグでは08年の西武・片岡易之(=当時の登録名、現・巨人)が167安打を放つまで二塁手の最多安打打者はいなかった。セ・リーグに目を向けると最多安打は93年の阪神・和田豊の161本のみ。特に00年に入ると打つイメージの二塁手が極端に減っているようだ。

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