モイーズ解任……崩れ去った誇り高き伝統 クラブと指揮官の間に生じていたギャップ

東本貢司

指揮官の支持を示す言葉は少なく

1シーズン持たずに解任の憂き目に遭ったモイーズ。最優秀監督賞に3度輝いた実績を持つ指揮官の何が悪かったのか 【Getty Images】

 正直、失望している。決して個人的な思い入れからではない。おそらく、「ユナイテッド」というクラブを知る人々すべてに共通する感想だろう。これについては、デイヴィッド・モイーズ解任発表の前夜、OBの1人、ギャリー・ネヴィルが端的に代弁している。

「マンチェスター・ユナイテッドだけは、昨今の(短期の成績不振で簡単に監督のクビを挿げ替える)風潮に敢然と抗うクラブだと信じている。また、そうでなくてはならない」

 だが、その誇り高き伝統、もしくは信念に基づく希望は、もろくも崩れ去った。事情通は語る。“聖地”オールド・トラッフォードで宿敵リヴァプールになすすべなく敗れた直後、モイーズが「それでもわたしは信頼されている。来季は必ず巻き返す自信がある」と胸を張った一方で、支持の意志を示したサー・ボビー・チャールトンを除くクラブ上層部の誰ひとりからも、そのコメントを裏付ける言葉は聞かれなかった、と。

 はたして、モイーズ・ユナイテッドの“白鳥の歌”が彼の古巣エヴァートンに敗れたゲームになってしまったことには、単なる偶然以外の運命的意義でもあったのだろうか。一つ、確かな“印象”がある。過去10年間、クラブの誇り、象徴としての名望をほしいままにしてきた「名将」が悩み苦しんでいる姿への失意と悲哀と、自分たちは捨てられたのだというわびしさ、怨念が渦巻くグディソン・パーク(エヴァートンの本拠地)の“かつての”サポーターたちの前で、モイーズの胸の内はちぢに乱れ、さまよっていた……その、まるで亡霊のような影の薄さがユナイテッドの戦士たち、その戦意までも阻害した結果、あえなく軍門に下ったのだ、と。

ファーガソンには与えられた猶予

 しかし、それではいったい、何が“悪かった”のか――。

 ネヴィル他、筆者も含めたモイーズ(早期)解任反対論者が掲げる主張の大半は「ファーギーの前例」を基にしていた。1986年11月にユナイテッドの監督として迎えられたアレックス・ファーガソン――90年代の国内のタイトルをほぼ総なめにした“ギネスブック級”の名将――ですら、3年強の「猶予」が与えられたではないか。そのサー・アレックスが自ら太鼓判を押して指名した、人呼んで「Chosen One(選ばれた男)」を、いったい誰がたった1年弱でその地位を脅かすことができるというのだろうか。

 また、史実を掘り起こしても、1年前後で解任されたユナイテッドの将は、サー・マット・バズビー時代以降、ただの1人もいない。今回のファーガソンのように勇退を決意したバズビーの後任、ウィルフ・マッギネスですら2シーズン目のチャンスを与えられたのだ。そして、コーチ兼任プレーヤーから「ある日突然に」声がかかって抜てきされたマッギネスには、当然、監督経験など皆無だった。

 一方のモイーズには、プレストンの兼任時代に始まって「エヴァートン10年」の揺るぎない実績がある。近年でこれを凌駕するのはファーガソンとアーセナルのヴェンゲルのみ。懐疑論者や批判好きな識者、ファンは、「タイトルを一つも獲ったことがない」というハンディ、決定的な傷があるともっともらしく言い立てるが、ならば問う。モイーズはなぜ、10年間に3度(もちろん、最多)も「シーズン最優秀監督賞」に輝いたのか――。

どこでおかしくなってしまったのか

 そして、その誇らしい事実は、昨年末頃からメディア周辺に蔓延り始めた「モイーズ戦術の時代錯誤的欠陥」をも駆逐する。いい機会だから、はっきりさせておこう。どんな戦術をとろうと、すべては“結果”である。その「結果」もただ単に優勝回数のみにあらず。カッコいい、目の覚めるようなゴールのあるなし、多少でもない。ファンを熱くさせ(無論、それなりに勝利も重ねつつ)、我らがクラブ、チームが正しい方向に邁進していると内外を納得、実感させること、それが最も価値ある「結果」の中身なのだ(スコアや勝利数から逆算して「それはつまり、優れた戦術ゆえの結実」に帰結させるような、訳知り顔の戦術論者はそこが分からない)。

 モイーズは、近年で誰よりも「そのこと」を印象付けた指導者なのだ。だからこそ、三度(みたび)の最優秀監督賞なのであり、そして、ファーガソンが最も高く評価したポイント、資質、才能のゆえんに違いなかった――そう思うのだ。

 しかし、その才能は“結果として”ユナイテッドでは報われないままに、ひとまずの終止符を打たれてしまった――もう一度、繰り返す。では、何が悪かった……いや、どこでおかしくなってしまったのか。

「結論」から述べておこう。モイーズ解任は、現代のヨーロッパフットボール界を席巻する「超・マーケティング主導の利益追及主義」の下に進められたのだ。

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著者プロフィール

1953年生まれ。イングランドの古都バース在パブリックスクールで青春時代を送る。ジョージ・ベスト、ボビー・チャールトン、ケヴィン・キーガンらの全盛期を目の当たりにしてイングランド・フットボールの虜に。Jリーグ発足時からフットボール・ジャーナリズムにかかわり、関連翻訳・執筆を通して一貫してフットボールの“ハート”にこだわる。近刊に『マンチェスター・ユナイテッド・クロニクル』(カンゼン)、 『マンU〜世界で最も愛され、最も嫌われるクラブ』(NHK出版)、『ヴェンゲル・コード』(カンゼン)。

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