町田樹が兼ね備える2つの特別な才能=表現者かつ競技者として目指すこと

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自己ベストを7点更新する圧巻の演技

男子SPで首位に立った町田樹(写真)。自身も大満足の“最高傑作”となった 【坂本清】

 ガッツポーズはしなかった。これまで良い演技ができたときは自然と拳を握り、雄たけびを上げていた。しかし、今回は意識的にそれを避けた。なぜなら、町田樹(関西大)にとって、この日滑った『エデンの東』が自身最高傑作となったからだ。ガッツポーズで1つの“芸術作品”を台無しにしたくなかったのである。

 3月26日にさいたまスーパーアリーナで行われたフィギュアスケート世界選手権の男子ショートプログラム(SP)は、町田が世界歴代3位となる98.21点をたたき出し、首位に立った。

「今日は不思議と無心になれた」。その言葉どおり、町田は序盤から流れるような演技を披露した。冒頭の4回転トゥループ−3回転トゥループを決めて勢いに乗ると、トリプルアクセルもきれいに着氷。2月のソチ五輪でミスをした3回転ルッツは、高さのあるジャンプで危なげなく跳び切った。「本当に冷静でいられて、音楽の一音一音を聞き漏らすことなく、忠実に動けたと思います」。自身も大満足の内容に、自然と笑みがこぼれた。

 ソチ五輪は5位に終わり、悲願のメダルには手が届かなかった。大会後もSPの3回転ルッツをミスしたことを悔やみ、練習でルッツを跳ぶたびに胸が締め付けられる思いだったという。だが、いつまでも後ろを振り返っていては何も解決しない。帰国後は五輪で見つけた反省点を洗い出し、1つ1つ改善のノルマを設けては、それをクリアしていった。

 その成果もあってか、この日は「ジャンプのここを気をつけなくちゃとか、スピンを何回転回らなくちゃとか、そういうことを考えずに、曲の世界に自分が溶け込んでいくような感じで滑ることができた」と、無意識のうちに体が動いた。演技構成点こそ羽生結弦(ANA)の後塵を拝したものの、技術点は全選手中トップ。自己ベストを約7点更新する圧巻の演技に、会場はスタンディングオベーションに包まれた。

非常に強いアーティスト志向

「将来は一流のアーティストを育てるようなプロデューサーになりたい」と、現役引退後の青写真を描いている町田は、フィギュアスケートを1つの芸術作品として捉えている。この日の演技後に「町田樹史上最高傑作」という言葉が出たのも、プログラムを作品と意識しているからだ。これまでも何度となく口にしていたが、今回ほど自信を持って「傑作」と言い切れたことはなかったのではないだろうか。

 町田はアーティスト志向が非常に強い。今大会が行われているさいたまスーパーアリーナを含め会場の舞台設計に興味を持ち、それを創り上げている人々を称賛する。「日本の会場はクオリティーが高い。本当に舞台と呼べるような氷だったので、そうした中で滑れたのは幸せでした」と真顔で語る。自身の振付師であるフィリップ・ミルズ氏を「芸術監督であり、僕が心から信頼しているアーティスト」と称し、崇拝する。エキシビションでエアギターを弾き、観る者を楽しませる。人とは違う感性の持ち主であることは、その発言を聞いているだけでも十分理解できるだろう。

 もっとも現在は、“町田語録”としてメディアに取り上げられることに、多少のジレンマを感じている。

「最近は言葉が先行しつつある。僕が自信を持っているのは発言ではなく、本来は演技ですから。今後はもっと演技で人に思いを伝えられるようなスケーターにならなければいけないと思っています」

 そのあまりに独特な表現が注目される町田の発言。当初はセルフプロデュースの一環であり、時には意図的に大口をたたくなど、言葉を選んでいたこともあったそうだが、今では発言が独り歩きしているようにも感じられる。「そろそろ演技のみで語る男も悪くないかなと思います」と町田自身も話すように、“表現者”としてあくまで本業で魅せていきたいと考えている。

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