「夢の劇場」で起きた悪夢の完敗劇 ダービーで違いを生んだシルヴァの存在

東本貢司

ホームでダービーに敗れたユナイテッド

マンチェスターダービーは3−0でシティーが勝利。ユナイテッドはホームのオールド・トラッフォードで完敗を喫した 【Getty Images】

 タイムアップ直後のちょっとした寂寥(せきりょう)感は、アンチ・ユナイテッドファンですら脳裏をよぎったことだろう。先のリヴァプール戦ほどには手も足も出なかったわけではないとしても、完敗は完敗だ。そして、その“予感”は開始1分でエディン・ジェコにゴールを奪われた瞬間から、オールド・トラッフォードのスタンドに漂い続けていたのかもしれない。

 数字の上ではまだユナイテッドが首位でシーズンを終える可能性は残っているが、もはやそんな夢見事を誰も信じない。22日に行われた第31節のウェスト・ハム戦で遠来のユナイテッドファンが掲げた「The Impossible Dream(見果てぬ夢)」――歌劇『ドン・キホーテ』のテーマチューンが、ファンのうめき声と成り代わって「Theatre of Dreams(夢の劇場、オールド・トラッフォードの別名)」を包み込む。さて、その「見果てぬ夢」は、辛うじて残された最後の希望――チャンピオンズリーグ(CL)準々決勝で、感動のリプライズを奏でるのだろうか。ほぼ同時刻に圧倒的なリーグ優勝を決めたバイエルン・ミュンヘンが、あえて若手中心のチームをぶつけてきたときに? 

 いや、今このとき、そんな“ありそうにない蓋然(がいぜん)性”を模索しても仕方がない。改めて、この、今シーズン最後のマンチェスター・ダービーを振り返ることこそが、明日につながる何かを導き出し、両者の今後を少しなりとも占う糧となるはずである。

シルヴァこそがシティーの根幹

 チームスポーツにおいてこんな理屈を振りかざすのは、本来気が引けるのだが、もし、シティーにダヴィド・シルヴァがいなかったら、試合の行方はどうなっていただろうか。少なくともファーストハーフ、いや、早々に決まったジェコの先制ゴールに関して言えば、シルヴァの存在が決定的違いとなっていたことは、多分論をまたない。

 その瞬間、ユナイテッド・ディフェンスはまるでフィギュアのように棒立ちになっていたとはいえ、そのスキを俊敏についてナスリのシュートを演出したシルヴァの、そう、精密きわまりない視野と運動能力が、結局は試合を決めたのだ。

 ここで、あえてジェコについては深く触れない。シティー入団以来、決めたゴールのほぼ7割をアウェイゲームでゲットしているジェコは、あくまでも脇役と考える。当然、ダメ押し(という表現は事実上無意味だが)ゴールのスコアラー、ヤヤ・トゥーレも、どんなメディアがいかに褒めそやそうと、シルヴァの絶大な貢献の前にはかすんで見える。

 シルヴァこそが、スター軍団シティーの根幹であり、すべてのピースを結びつける接着剤なのだ。おそらく、過去のデータをつぶさに点検してみれば、必ずこの“事実”に行き着くだろう。シルヴァがいない、もしくは本調子でないゲームで、シティーはどれだけの説得力のある勝利を積み上げてこれたか、に。

 プレーヤーは、その能力、スタイル、あるいは役割の違い、そしてチームメイトたちとの相性なども絡んで、個々の優劣を論じることなどできる話ではない。が、それでも、ここ数年の、勝負に直接間接に貢献した“ヴァイタリティー度”で点検し直してみた場合、シルヴァはクリスティアーノ・ロナウドやリオネル・メッシと同等、いやそれ以上のポイントを稼いできたと言い及んでも、あながち見当違いではないはずだ。どうしてもゴールスコアラー、フィニッシャーに陽が当たるのは世の習いだとしても、シルヴァに一度としてバロンドール級の評価が与えられなかったのは、今もって不思議でならない。

 対するユナイテッドには、そんな、シルヴァのような存在がいない。いや、あえて極限するなら、ウェイン・ルーニーが“兼務”してきた。それどころか、エースストライカーでありながら(特に、ロビン・ファン・ペルシーが欠場した)この試合では、頻繁に自陣に戻って敵のチャンスの芽を摘む役割すら務める。もちろん、他が怠けているわけではない。それがルーニーの持ち味と言うべきなのだろう。

 だが、シルヴァがいるチームと比べれば、言うまでもなく“その差”は小さくない。今回のダービーは、まさにその典型的ショウピースとなってしまったのだ。

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著者プロフィール

1953年生まれ。イングランドの古都バース在パブリックスクールで青春時代を送る。ジョージ・ベスト、ボビー・チャールトン、ケヴィン・キーガンらの全盛期を目の当たりにしてイングランド・フットボールの虜に。Jリーグ発足時からフットボール・ジャーナリズムにかかわり、関連翻訳・執筆を通して一貫してフットボールの“ハート”にこだわる。近刊に『マンチェスター・ユナイテッド・クロニクル』(カンゼン)、 『マンU〜世界で最も愛され、最も嫌われるクラブ』(NHK出版)、『ヴェンゲル・コード』(カンゼン)。

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