「夢の劇場」で起きた悪夢の完敗劇 ダービーで違いを生んだシルヴァの存在

東本貢司

モイーズはまだ試行錯誤の真っただ中

決定的な違いを生み出したダヴィド・シルヴァ(左)。精密きわまりない視野と運動能力で試合を決めた 【写真:AP/アフロ】

 デイヴィッド・モイーズには、就任当時から「ユナイテッドのダヴィド・シルヴァ」を模索してきた節がある。トム・クレヴァリーは経験、スタイルとも、まだその器に近づけていない。この先の将来性にもおよそ疑問符がつく。苦労の末に分捕ったマルーアン・フェライニに一縷(いちる)の期待をかけたとしても、所詮タイプと能力の違いは明らかで、これは監督も承知の上だったろう。モイーズが香川真司をどう評価しているかは未だにつかみ切れないままだが、多分、どっちつかずの中途半端な印象を抱いているのではなかろうか。少なくとも、公平に見て、香川にはシルヴァの持つ“エッジ”がない。

 この、よく引き合いに出される“エッジ”については、これと言ってぴたりハマる訳語がなく、シルヴァに関する限り、これは少々強引な解釈になるが「常に動いていて、その上にさらに意外性を発揮できる天性の才能」とでもしておこうか。

 おそらく、モイーズはシルヴァの“クローン”としてフアン・マタに期待した。いや、誰もがそれに近い印象を持ったはずだ。ところが、不可解なことに、モイーズは多くのケースで、マタをワイドプレーヤーとして使っている。この試合でも先発はワイドで、セカンドハーフに香川を投入してから、やっと「より中央に近い」位置にマタをシフトした。
 専門家や通のファンが疑問を抱き続けているのがこの点で、ひいてはモイーズ戦術の不備、ないしは“欠陥”の一つの象徴とされている。例えば、ヴァレンシアやナニ(欠場中)には多くを望めない多様性、自在性をマタに託して、これまでのユナイテッド・スタイルをいじらないように、という配慮があるのかもしれない。ここに、あまりにも偉大なサー・アレックスを引き継いだための“思いきりの悪さ”を指摘する向きもあろう。より現実的には、シーズン途中で補充したプレーヤーを中心とした戦術変換をためらった可能性がある。特に、シーズン直前の移籍志願騒動があったからには、何よりもルーニーのプライドを傷つけることがあってはならない。

 この点を軸にした課題の克服が、来シーズン以降のモイーズ・ユナイテッドを左右するような気がする。つまり、まだ試行錯誤の真っただ中なのだ。そして、真っ先に公にモイーズを「正しい人選」と擁護したサー・ボビー・チャールトンも、一貫して「The Chosen One」(=選ばれた男)と信じる年来のファンも、当然サー・アレックスも、そのことを理解していることは、数々の証言で裏付けられている。

問われるファンのあり方

「若いファンは確かに失望しているが、彼らはいい時代しか知らない」とため息をつく某老サポーターは、ユナイテッドが2部に転落した時代を「ある意味で、最高のシーズンだった。ファンがその結束を確かめ合えた貴重な機会だった」と振り返る。そして言い継ぐのだ。「勝って当然、優勝して当たり前と考える人々は、勝利の感動も薄いはず。そこでは、真のサポーターとして応援し続ける矜持(きょうじ)、プライドが忘れ去られがちだ」

 そして、奇しくも今回の勝利にあって、その思いを裏打ちするベテランのシティーファンの言葉がある。「つい、思い出してしまうんだ。我々が2部、3部の泥沼にいた頃のことを。あの頃は、負けても『そうか、またか』とふがいなさを噛みしめながらも、声援し続ける熱っぽさがみなぎっていた。今、チームが宿敵を駆逐するのは確かに快感だが、もう一つ心の底から喜びを弾けさせられないのは、どうしてかな」

 多分、それは莫大な資金を費やして創り上げたチームに対する、複雑な感慨のなせるわざなのだろう。そして、この両人は口をそろえるのだ。

「フットボールが好きな子どもたちには、できれば、下位ディヴィジョンのチームをフォローするように勧めたいね。そうしてこそ、本物のサポーターになる。今、地元ならいざ知らず、チェルシーやバイエルン、バルサ、レアルにうつつを抜かしている子どもは、勝てなくなったら多分、あっさり贔屓(ひいき)を鞍替えするだろうよ」

 問われるのは、出直しを期すユナイテッドとモイーズ、CL再挑戦にかけるペジェグリーニ・シティーだけではない。ファンのあり方なのだ。無論、それはプレミアのみならずアマチュアに至るまで、すべてのチームについても等しく同じ「永遠の課題」である。

<了>

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著者プロフィール

1953年生まれ。イングランドの古都バース在パブリックスクールで青春時代を送る。ジョージ・ベスト、ボビー・チャールトン、ケヴィン・キーガンらの全盛期を目の当たりにしてイングランド・フットボールの虜に。Jリーグ発足時からフットボール・ジャーナリズムにかかわり、関連翻訳・執筆を通して一貫してフットボールの“ハート”にこだわる。近刊に『マンチェスター・ユナイテッド・クロニクル』(カンゼン)、 『マンU〜世界で最も愛され、最も嫌われるクラブ』(NHK出版)、『ヴェンゲル・コード』(カンゼン)。

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