「誰もいないスタジアム」という衝撃 無観客試合という制裁の妥当性を考える

宇都宮徹壱

清水と浦和、両監督のそれぞれの思い

国連プログラム「SPORTS FOR PEACE!」のシャツを着て無観客試合に臨む浦和の選手たち 【宇都宮徹壱】

 試合後の会見では、それぞれの監督から人種差別に関する言及があった。清水のアフシン・ゴトビ監督は多様性の大切さについて、そして浦和のミハイロ・ペトロヴィッチ監督は差別に打ち勝つすべについて、いずれも自身の経験にもとづきながら語っている。

「サッカーからこうした差別をなくしていかなければならない。人と人の違いがあるからこそ世界は美しい。エスパルスには9カ国の違った国籍の選手やスタッフがいる。カナダ、韓国、オランダ、スロベニア、ドイツとブラジルのスタッフ、私はどこから来たかのかもう分からない(笑)。私は日本に来て3年と2カ月だが、悲惨な大地震も経験した。日本はあのとき、世界と強く団結していた。それが真の日本の姿だと思う。多くの海外の人々は日本と日本人を愛している。優しさと礼儀正しさ。それが日本の素顔だと思う」(ゴトビ監督)

「私は37年間、ほぼ外国で生活していたが、差別というものは残念ながらどの国にも存在する。(現在の国籍である)オーストリアでは旧ユーゴスラビアの人々を快く思わない人もいるし、現役時代にプレーしたスロベニアやクロアチアでも差別的な態度を受けたことがある。それでも私は、どこに行っても差別から勝利することができた。それはなぜか。私は差別を受けながらも、差別した人間に対してのリスペクトと愛情を忘れなかったからだ。クラブは今、厳しい状況に置かれているが、どんな状況でも他者を愛し、リスペクトすることを忘れるべきではない」(ペトロヴィッチ監督)

 ゴトビ監督は、1964年にイランのテヘランで生まれたが、79年のイスラム革命により家族と共に米国に亡命。そこでサッカーに出会い、米国、韓国、イランでの指導を経て日本にやって来た。一方のペトロヴィッチ監督は、1957年に旧ユーゴスラビアのベオグラードで生まれ、セルビア、スロベニア、クロアチアのクラブでプレーした後、オーストリアに移住。ゴトビ監督と比べて移動範囲は限られていたが、どこへ行っても異邦人として遇されてきた。今回の無観客試合の当事者となった両クラブの監督が、いずれも複雑な出自を持った外国人監督であったことは、もちろん偶然である。しかしその偶然が、示唆に富んだ日本人へのメッセージにつながったことは、幸いだったと思う。

効果的なメッセージとなった「無観客試合」という決断

 あらためて、今回の「無観客試合という制裁の妥当性」について考えてみたい。試合後、ある同業者は「誰にとっても得るものがなかった試合でしたね」という感想をもらしていたが、最もダメージを受けたのは間違いなく浦和の関係者だろう。クラブはおよそ1億円の損失があったと言われているが、スタジアム周辺地域での飲食やグッズ販売まで含めれば、損失は倍以上に膨れ上がるはずだ。

 とはいえ、深刻な影響を受けたのは浦和ばかりではない。対戦相手の清水の関係者はもちろん、他のJクラブのファンにとっても(たとえアンチ浦和であっても)、テレビ越しに見る無人のスタジアムの光景は決して愉快なものに映らなかったはずだ。そして、これだけ多くのメディアに大々的に報じられたことで、制裁を課した側のJリーグもまた痛みを分かち合うこととなった。この日、あえてテレビ観戦したという村井チェアマンは試合後、このようなコメントを広報を通じて発表している。

「Jリーグ20年の成長を支えてくださったのは、クラブを愛するファン・サポーター、ホームタウンの皆様です。クラブにとって一番の財産であるファン・サポーターの姿がないスタジアムでの試合は、Jリーグ百年構想の理想とする姿とは最も遠いところにある試合というしかなく、大変寂しく悔しい思いで試合を見ました」

 観客のいないスタジアムというものは、Jリーグにとっては日本リーグ時代の末期を想起させるトラウマである。しかしながら、もし今回のような不祥事が今後も続くことになれば、その悪夢は現実のものとなりかねない。事件を「一部の人間によるもの」と矮小化させず、当該クラブ以外のファン・サポーターや関係者にも当事者意識を持たせる意味において、「無観客試合」というJリーグの決断は極めて効果的なメッセージとなった。そして、想像していた以上の痛みを伴ったという意味でも、処分は妥当であったと言えるのではないか。

 かくして、けん責と無観客試合というJリーグの制裁は遂行された。浦和としては、横断幕や旗の掲出自粛を当面続けるようだが、それでもスタジアムに声援と歌声と熱気が戻ってくることには救いが感じられる。だが「無観客試合」という強烈な記憶が、われわれの脳裏から払しょくされることはないだろう。サッカーを愛する者にできることは、ただひとつ。それは、過ちを繰り返させないことだ。最後に、現役選手の中では誰よりも早く今回の事件をSNSで非難した、浦和の槙野智章のコメントを紹介しておきたい。

「(差別は)日本ではあってはならないことだし、日本を代表するクラブであるレッズであればなおさらだと思う。ダメなものはダメということを、自分から前に出て行動、発言することが大切だと思う」

<了>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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