氷の哲学・町田樹を支える“言葉の力”=宇宙へ飛べ火の鳥!個人FSは『大飛翔編』

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『火の鳥』がかかった瞬間、冷静さを取り戻す

五輪での初演技をまずまずの形で終えた町田、個人戦では宇宙まで羽ばたく『火の鳥』を見せたい 【写真は共同】

 現地時間2月9日に行われたソチ冬季五輪・フィギュアスケートの団体戦男子フリースケーティング(FS)。直前に演技したエフゲニー・プルシェンコ(ロシア)に向けられた大歓声の余韻が残るなか、町田樹(関西大学)は所定の位置につく。凛とした表情を見せていたが、実は直前まで緊張のあまり足がすくんでいた。

「20年間憧れた五輪という舞台にせっかく来たのに、今朝の練習のときから今シーズンで一番弱い自分が心の底から現れてきたんです。会場も異様な雰囲気でしたし、『大丈夫かな』というのがありました」

 それでも自身のFSプログラム曲『火の鳥』がかかった瞬間、一気に冷静さを取り戻した。『火の鳥』はロシアの巨匠イーゴリ・ストラヴィンスキー作曲のバレエ音楽。町田が昨シーズンに続き、同曲をセレクトしたのは「気に入っていたプログラムにもかかわらず、ベストパフォーマンスが一度もなかった」から。今季も『火の鳥』を演じることによって、「なかなか殻を破れなかった自分も飛翔したい」という思いもあった。

「この青い舞台(会場は青が基調)でストラヴィンスキーの崇高な『火の鳥』がかかった瞬間、火の鳥と僕が融合できたような精神状態になったんです。4分半、余計なことを考えることなく気持ち良く滑ることができました」

 演技冒頭の4回転トゥループはきれいに着氷。続く4回転トゥループは3回転になってしまったものの、その後はジャンプを次々と決め、火の鳥のごとく華麗に氷上を舞っていく。最後までスピードが落ちることなく滑り切ると、緊張から解き放たれた町田は満足げな表情を浮かべた。得点は男子5人のなかで3位となる165.85点。シーズンベストには届かなかったが、自身も合格点を与える滑りで、初の五輪を堪能した。

“第6の男”から五輪代表選手に

 今シーズンが始まる前まで、町田は“第6の男”だった。昨季はグランプリ(GP)ファイナル(12年12月)にまで駒を進めながら、ソチで行われた前哨戦は最下位の6位。一昨年末の全日本選手権ではジャンプをことごとくミスし、9位に沈んだ。シーズン序盤は好調を維持しながら、中盤から終盤にかけて疲労がたまると途端に精彩を欠く。その弱点が五輪前シーズンに露呈してしまった。

 何かを変えなければいけない。「ソチ五輪に出場する」という目標を掲げていた町田が選択したのは練習拠点を環境が良い米国から、日本に戻すことだった。大学にも復学し、朝の練習後は授業を受け、授業が終わったら再び練習に戻る。忙しいスケジュールで体も心も疲弊しながら練習や試合をこなすことで、簡単には折れない精神的な強さを手に入れた。

 技術的には、練習にコンパルソリー(氷上を滑走して決められた図形を描くこと)や“0回転ジャンプ”を取り入れることによって、スケーティングやジャンプを基礎から見直した。中でもコンパルソリーの効果は絶大だったようで、「自分の体にたくさんセンサーが備わったイメージです。以前はエッジのつま先はどの部分も変わらなかったんですが、いまでは少しずれたら明確に分かるんです」と笑顔を見せる。

 こうした改革が実を結び、今季はGPシリーズのスケートアメリカとロシア杯で連続優勝。GPファイナルこそ4位に終わったが、「史上最も過酷な代表選考」と言われた昨年末の全日本選手権で2位に入り、ソチ五輪への出場権を獲得した。

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