井岡一翔が大晦日に見せた卓越した勝負勘

城島充

危険な領域に踏み入れ的確なパンチで圧倒

卓越した勝負勘で強打のアルバラードに判定勝ちし、3度目の防衛に成功した井岡 【写真は共同】

 2013年大晦日にWBA世界ライトフライ級王座の3度目の防衛に成功した井岡一翔(24=井岡)は、強敵を相手に卓越した勝負勘を見せつけた。18戦全勝15KO無敗の戦績を誇る同級3位のフェリックス・アルバラード(24=ニカラグア)を3―0の判定で下した背景には、相手の強いプレスに対して持ち味である足を使わず、あえて接近戦で打ち合った勇気とひらめき、そしてインテリジェンスがあった。

 挑戦者のアルバラードは、3度の判定勝ち以外はすべて3回以内のKO勝ち。そのうち初回KOが7度という速攻型の危険なボクサーである。実際、ニカラグアからやってきた24歳はその戦績を証明するように初回から積極的に出た。上体を左右にゆすりながら、長いリーチからワンツーを放つと、一気に距離をつめて左右のパンチをつないでいく。序盤は足を使うと思われた井岡だが、左のリードにあわせてアルバラードがカウンターを狙っているのを察知すると、逆に相手の強打が当たる距離でパンチを交換した。

 前評判通りの挑戦者の強打と前へ出てくるスタイルに、会場はこれまでの井岡の世界戦にはなかった緊張感に包まれた。だが、2回、3回とラウンドを重ねるにつれ、その張り詰めた糸は次第に王者のボクシングへの感嘆に変わっていく。
「どこかで距離を取るボクシングもできるかと思ったけど、左ジャブから組み立てる自分のボクシングを研究されていた。それなら、ずっとくっついて勝負をしたほうが相手のパンチを外して自分のパンチを的確に当てられると思った」
 試合後に振り返ったとおり、王者はあえて危険な領域に足を踏み入れ、挑戦者を的確なパンチで圧倒していったのだ。

最後まで見せ付けたKOを狙う姿勢

井岡はあえて相手の領域である接近戦を挑み、的確なパンチを打ち込んでいった 【写真は共同】

「プレッシャーがかかってない状態で後ろに下がっても見栄えが悪くなるだけだし、どっちかはっきりさせる必要があった」
 3ラウンドが終わると、セコンドの父・一法会長に「打ち合いに行く」と告げ、強打の挑戦者とさらに激しい打撃戦を展開したのである。パンチの切れ、角度、タイミング、上下、左右の打ち分けとも秀逸で、相手の土俵で戦っても圧倒できる戦力の分厚さは、多くのトップボクサーが崩してしまうフィジカルとメンタルのバランスが最高の形でキープされていることを証明するのに十分だった。

 10ラウンドに左フックでアルバラードのマウスピースを吹き飛ばしたときはKO決着もあるかと思われたが、計算外だったのは、速攻型と思われた挑戦者が終盤になっても脅威的なスタミナと手数を見せたことか。「もう少し序盤から中盤にかけてダメージを与えておけば…」と王者は倒せなかったことを反省材料にあげたが、最終ラウンドも火の出るような打ち合いを演じ、最後までKOを狙う姿勢も見せ付けた。

試合毎に加えられる新たな引き出しと魅力

 井岡の世界戦で驚かされるのは、毎試合そのボクシングに新たな引き出し、魅力が加えられていることである。世界王者に「成長」という言葉を当てはめるのは少し違和感があるが、日本ボクシング史上最短で世界王者となり、2階級制覇も果たした24歳は対戦相手に適応しながらそのボクシングの幅を広げ続けているように映る。いや、まだその才能のすべてを出し切っていないというべきか。
 来春にも行われる次戦はフライ級に上げての3階級制覇か、ライトフライ級にとどまっての王座統一戦が噂されている。とりわけ、叔父の井岡弘樹氏が果たせなかった3階級制覇はボクシングを始めたころからの悲願であり、井岡自身も「常に近くにあった夢。そこにチャレンジしたいという気持ちはあります」と明言。「まだまだ通過点だし、僕はまだまだ強くなれる。歴史の1ページに自分の名が刻めるようがんばりたい」と話した。

 日本のボクシング界が4団体承認時代に入り、多くの世界王者が存在するなか、井岡一翔は複数階級制覇という記録だけではなく、その緻密に組み立てられたボクシングでこの競技の本質、魅力を伝えられる稀有なボクサーである。対戦相手が強ければ強いほど、そのボクシングは磨かれていく。だとすれば、同じ階級でスーパー王者に君臨しているローマン・ゴンサレス(ニカラグア)と拳を交えれば、いったいそのボクシングはどんな輝きを見せるのだろうか。すでにフライ級転向を示唆しているローマンといつ、どんな形でぶつかるのか。そのときこそ、日本のボクシング史に新たな伝説が刻まれる気がする。
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著者プロフィール

関西大学文学部仏文学科卒業。産経新聞社会部で司法キャップなどを歴任、小児医療連載「失われた命」でアップジョン医学記事賞、「武蔵野のローレライ」で文藝春秋Numberスポーツノンフィクション新人賞を受賞、2001年からフリーに。主な著書に卓球界の巨星・荻村伊智朗の生涯を追った『ピンポンさん』(角川文庫)、『拳の漂流』(講談社、ミズノスポーツライター最優秀賞、咲くやこの花賞受賞)、『にいちゃんのランドセル』(講談社)など

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