新スタジアムは長野に何をもたらすか?=J2漫遊記 信州ダービーその後<後篇>

宇都宮徹壱

長野に必要なもの「あとはスタジアム」

AC長野パルセイロは今季JFL初優勝を果たし、天皇杯でも4回戦に進出した 【宇都宮徹壱】

 AC長野パルセイロのホームタウンである長野は、松本からJR特急「ワイドビューしなの」で50分弱ほどの距離にある。久々に長野駅に降り立って、まず目を引いたのは善光寺口前の広場が大々的な整備工事に入っていたことだ。聞くところによると、2015年に長野新幹線が金沢まで延伸するのに合わせて駅前広場を整備し、多くの観光客を呼び寄せるのが目的だという。乗り合わせたタクシーの運転手も、近い将来この街は大きく変わると期待を寄せていた。

「15年には、まず長野新幹線が延伸して駅前も新しくなります。ちょうど善光寺の7年に一度の御開帳も、その年なんですよ。そして南長野のスタジアムも、その年にJリーグができるスタジアムが完成するんですよね? 最近はこっちでも、パルセイロの人気が出てきたから楽しみですよ。ところであのJ3ってのは、Jリーグとは違うんですかい?」

 最後の質問には言葉に窮してしまったが、とりあえず長野をめぐる状況に追い風が吹いていることは理解できた。実際、今季の長野は、これまで以上に充実したシーズンを送っている。3年目となるJFLでは、美濃部直彦監督の指揮の下、カマタマーレ讃岐とのデッドヒートを制して初優勝。長野県代表として臨んだ天皇杯では、2回戦と3回戦でJクラブ勢を相次いで撃破し、4回戦ではJ1首位を走っていた横浜F・マリノスを相手に、延長戦までもつれ込む大接戦を演じた(1−2で敗戦)。

 もうひとつの大きな追い風は、スタジアムの改修である。12年9月に鷲澤正一長野市長(当時)が、南長野運動公園総合球技場をJリーグ仕様のスタジアムに改修することを発表。80億円もの費用をかけてのビッグプロジェクトには、当然ながら反対意見もないわけではなかったが、13年8月からは解体作業が始まった(改修期間中、チームは佐久総合運動公園陸上競技場を中心に活動を続ける)。JFL優勝と天皇杯での躍進により、パルセイロの知名度が全国レベルでアップした今、「あとはJ仕様のスタジアム」というのがサポーターの共通認識となっている。自ら先頭に立って7000人分のスタジアム改修を求める署名を集めたという、ある古参サポーターはこう熱弁をふるう。

「いくら雪が積もっても、ジャンプ台のないところからジャンパーが出てこないように、きちんとしたスタジアムがない自治体からは、なかなかプロの選手は出てこないんですよ。今の小学生の中からも、10年経てばプロが出てくるかもしれない。スタジアムは未来への投資だと言えば、きっとみなさん納得してくれると思うんですよね」

2015年には新スタジアムでJ2を

南長野の改修を心待ちにする長野の丹羽洋介社長。完成は2015年3月の予定 【宇都宮徹壱】

 さて、美濃部監督の采配がクローズアップされた今季の長野だが、実はもうひとつ人事面でのトピックスがあった。昨年3月、丹羽洋介が新たな代表取締役社長に就任したのである。現在73歳の丹羽社長は広島の出身で、早稲田大学卒業後は東洋工業(現サンフレッチェ広島)でプレー。同期に今西和男(元広島ゼネラルマネジャー)、1年後輩には松本育夫(前栃木SC監督)がいる。クラブハウスに到着して、「どんな大御所が現れるのだろう」と緊張しながら待機していると、ずい分と腰の低い、にこやかな紳士が現れたので密かに安堵する。まずはクラブ社長になった、率直な感想から質問してみた。

「私自身、会社経営というものも何度か経験しているのですが、クラブ経営というものはかなり違ったイメージを持っています。クラブの社長は、サポーター、スポンサー、メディア、選手、スタッフが一体となって盛り上げていかないといけないので、八方に目配りをする必要があるのが大変。それと肉体的にもしんどい時はあります。ホームゲームがある日は、朝の準備から試合後の撤収までずっと立ちっぱなしですから。まあ、戦力が限られていますから(社長も含めて)全員でやるしかない。大変ですけれど、先を見据えながら理念を実践していくのは、楽しいものですよ(笑)」

 70歳を超える丹羽社長が、『Jを目指すクラブの社長』という激務を引き受けることになった理由は、中央とのパイプを持つことに加えて、長野県サッカー協会、北信越サッカー協会の会長職を歴任していることも挙げられよう。地域の事情に明るく、また行政サイド、とりわけ鷲澤前市長との良好な関係性もポジティブな要素となったはずだ(ちなみに両者は同い年)。前市長がスタジアム改修を決断した背景について、丹羽社長はこのように語る。

「鷲澤さんはJFL時代から、ホームゲームはほとんど皆勤賞で見に来ていただいていましたね。ですから、Jリーグ仕様のスタジアムがないと、長野はぜったいにJ2に行けないということもご理解いただき、市議会にも積極的に働きかけていただきました。最終的に80億円というお金が投資されることになりますが、スタジアムはわれわれのクラブだけでなく、長野市にとっての財産であると認識しております。そして私どもは、何とか市民の皆さまのご期待に応えられるように、(スタジアムがオープンする)2015年を目指してJ2に昇格できるようにしたい。それが、私どもができる恩返しであると考えます」

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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